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「理想の家」に惚れても、判を捺さなかった10年前の決断
10年ほど前、都内のIT企業でエンジニアとして働いていた小林拓也さん(54歳・仮名)。深夜まで続く残業と満員電車に心身を削られていました。「もう、限界だ……」。そう直感したとき、頭に浮かんだのは、趣味の登山で訪れていた信州の風景でした。
しかし、44歳という年齢での移住に、周囲は反対。特に、年収が激減することへの懸念は痛いほど突きつけられました。
「当時の僕の年収は700万円。地方で同じ額を稼ぐのは不可能だと言われました。もし収入が半分になれば、憧れの田舎暮らしも、ただの貧乏生活に成り下がってしまう。その懸念だけは、常に頭の中にありました」
小林さんは、まず現地へ何度も足を運びました。そこで、これ以上ないほど理想的な古民家に出会います。妻も娘も一目で気に入り、「ここに住みたい」と声を弾ませました。不動産屋からも「人気物件だから早く決めたほうがいい」と急かされます。しかし、小林さんはその場ですぐに首を縦に振ることはありませんでした。
「家も場所も、文句なしに完璧でした。でも、その時点ではまだ、東京水準の給与を維持できる『フルリモートワークの仕事』の内定が出ていなかったんです。どれほど家を気に入っても、稼ぎの土台が決まらない限り、この移住話はすべて白紙に戻す。収入がないんじゃ、家族も不幸にさせてしまいますから。だから内定の通知が届くまでは、具体的な引っ越し作業もすべて保留にしました」
小林さんは、家探しと並行して1年以上かけて転職活動を継続。ようやく、場所を問わずに働け、かつ年収700万円を維持できる企業からの内定を勝ち取りました。契約の手続きを進めたのは、移住先でも現状と同じ収入を確保してから。
「この10年、僕と同じように東京から移住してきた人たちを何組も見てきました。その多くは、先に『住む場所』に惚れ込んでしまい、仕事は現地へ行ってから何とかなるだろうと、収入面で妥協をしていました。でも、結局は生活が立ち行かなくなって帰っていく。僕が今もここで暮らせているのは、あの時、仕事が決まるまで動かなかったからだと思っています」