(※写真はイメージです/PIXTA)
82歳父の悲鳴と、差し伸べた手を拒む「自尊心」
都内在住の佐藤恵子さん(54歳・仮名)のスマートフォンが震えたのは、ひと際寒さの厳しい日だった。画面には、山形県の実家で一人暮らしをする父・昭さん(82歳・仮名)の名前。嫌な予感がして慌てて電話に出ると、「恵子、もう、限界だ。助けてくれ……」と、これまでに聞いたことがないほど弱々しく震える声が響いた。恵子さんは翌朝一番の新幹線に飛び乗り、数時間後には雪深い実家の玄関を開けていた。
「お父さん、大丈夫?」
居間に駆け込んだ恵子さんが目にしたのは、湿布の匂いが充満する部屋で、右腕を吊り、力なく座り込む父の姿だった。昨日の吹雪のなか、無理をして屋根の下の雪かきをしていた際、足を滑らせて転倒。肩を強打し、激痛で動けなくなったのだという。
「だから言ったじゃない。もう無理なのよ。お父さん、もう決めたわ。東京に行こう。家の近くにいい施設もあるし、リフォームして同居したっていいんだから」
恵子さんは必死で語りかけた。自分からSOSを出したのだから、今度こそ納得してくれるはず――。しかし、昭さんは顔を伏せたまま、絞り出すような声で言った。
「……東京には、行かない。お前との同居も、御免だ」
恵子さんは耳を疑った。
「何を言ってるのよ! 自分から『限界だ』って電話してきたじゃない。このままじゃ死んじゃうよ!」
昭さんは、痛みに顔を歪めながらも、拒絶の色をはっきりと含んだ目で恵子さんを見返した。
「限界なのは、体が動かないことだ。雪かきも買い物も、もう自分一人じゃどうにもならない。だけど恵子、お前たちと一緒に暮らすのは、それ以上に耐えられないんだ。母さん(亡くなった昭さんの妻)だって、ここにいる。住み慣れたこの場所を捨ててまで、長生きしたいとは思わん」
「助けてほしい」という悲鳴。それと同時に放たれる「同居は嫌だ」という強固な拒絶。恵子さんは、目の前の父が何を求めているのか分からなくなった。差し伸べた手を、父は「その手は欲しくない」と振り払ったのだ。そこには、老いによって生活を破壊されながらも、最後まで「子に依存する自分」を認められない、80代の親の自尊心があった。