長年勤め上げた会社を退職し、第二の人生を歩み始めた矢先、避けて通れないのが「実家の管理」という課題です。放置された空き家をどう扱うべきか。その責任感や、将来を見据えた前向きな判断が、時として深刻なトラブルを招き寄せる要因となります。平穏な日常を奪い、心身を憔悴させる事態はなぜ引き起こされたのか。官公庁のデータや専門的な知見から、現代のシニア世代が直面するリスクの正体とその回避策を詳らかにします。
「家族のために尽くしてきたのに、この有様か…」地方の実家を直そうとした65歳・元大手企業部長の誤算。退職金3,000万円が消え、妻の信頼も失った末の「あまりに哀しい老後」 (※写真はイメージです/PIXTA)

「よかれと思って」実家の修復に退職金を投じたが…

大手企業で部長職まで務めた高橋和彦さん(65歳・仮名)。現在、現役時代から住み続ける都内の分譲マンションで妻と二人で暮らしています。現役時代の年収は1,200万円を超え、定年時の退職金は3,000万円。長年の蓄えを合わせた資産は5,000万円ほどありました。ゆとりある老後を送るはずだった高橋さんの日常は、1年足らずの間に一変しました。

 

きっかけは、地方にある空き家の実家でした。両親の他界後、数年間放置していた実家について、近隣に住む親戚から「庭木が隣家に侵入している」「瓦が落ちそうで危ない」といった苦情が相次ぐようになったのです。「住みもしないのに結構な額の固定資産税だけがかかっている。いっそリフォームして賃貸物件として再生し、管理も業者に任せよう」と考えました。

 

そして実家の片付けをしていた高橋さんのもとに、一人の男が訪ねてきます。「近所で施工をしている者ですが、この建物なら少し直すだけで高値で貸せますよ」という提案でした。

 

「最初は数百万円の内装工事の相談でした。しかし、床下に潜った業者がスマートフォンで撮影したという動画を見せられると、基礎部分に広範囲の腐食があると言われたんです。今すぐ補強しなければ貸し出すどころか、倒壊して親戚や隣家に損害賠償を払うことになると、不安を煽られました」

 

業者は言葉巧みに、基礎補強と賃貸向けのフルリフォームを提案してきました。提示された金額は2,500万円。高橋さんは「老後の私設年金を作る投資だ。親戚への面目も立つ」と自分を納得させました。業者は「一括で支払えば、入居者募集の仲介料も無料にする」と持ちかけ、高橋さんは独断で老後資産の大部分を振り込みました。

 

ところが、着工予定日から1週間が過ぎても、現場に資材が届く気配はありません。不審に思った高橋さんが契約書の番号に電話を入れると、すでに解約されており、事務所として記載されていた住所も、実際には別会社が入居している架空のものでした。

 

「警察に相談しましたが、形式上の点検が行われているため、民事不介入で事件化は難しいと言われました。弁護士からは、相手の所在が不明では費用の回収は絶望的だ、と。手元に残ったのは、床下を剥がされたまま放置され、以前より劣化が進んだ実家だけです」

 

高橋さんはその後、放置できなくなった実家を処分するために別の業者へ依頼し、追加で数百万円をかけて解体・更地化しました。結果として、5,000万円あった資産の半分以上を使い果たすことになったのです。

 

「40年余り、家族に不自由をさせまいと必死に働いて。すべては家族の将来のため、良かれと思って頑張ってきました。それなのに、たった一度の判断ミスで……妻とはそれ以来、まともな会話もありません。家族のために尽くしてきた結果がこの有様かと、虚しさしかありません」