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「8,000万円ある。働く必要なんてない」自信満々だった元役員の誤算
「現役時代は、とにかく数字がすべてでした。売上、利益、そして自分の年収。退職金3,200万円や役員退職慰労金を合わせた預貯金は8,000万円を超えていましたし、住宅ローンもない。“悠々自適な老後”への準備は完璧だと思っていたんです」
高田修一さん(65歳・仮名)。かつて大手企業の管理職を務め、定年後は関連会社の役員に就任。65歳をもって退任しました。
「会社からは『顧問として残らないか』と打診もありましたが、もういいでしょう。資産ならある。絵を描くのが好きでね、のんびり暮らそうと思っていました」
退職した最初の1ヵ月は、まさに天国だったそうです。目覚まし時計をかけずに起きる朝。気が向くとカンバスに向かう。妻の恵子さん(62歳・仮名)を誘って少し高級なランチへも出かけました。
現役時代には想像もできなかった穏やかな時間は、何とも尊いものだったといいます。しかし……。
「2ヵ月もすると、ゆったりとした時間が、暇な時間になっていって……まだ現役で働いている人たちも多く、そう頻繁に誘えない。妻は妻で、長年続けているテニスサークルや友人とのランチで忙しい。『あなた、お昼は適当に食べてね』と言い残して出かけてしまったりね」
広いリビングに、ポツンと1人。カンバスに向かってもなかなか筆が進みません。そのとき、社会との接点がプツリと切れた恐怖が押し寄せてきたといいます。
そこで高田さんは、退職から半年ほどたったタイミングで、再び仕事を始めることにしました。しかも選んだのは、自宅から少し離れた大学キャンパスの清掃員。時給は1,120円。現役時代の時給換算からすれば、数十分の一です。
「結構、学生から声をかけられるんですよ。『ここに捨てていいですか?』とか、『おじさん、いつもありがとう』とか。若い人たちに囲まれるのはいいですよ。何か元気が出てくる。ちょっとしたコミュニケーションだけでも、毎日の活力になります」