(※写真はイメージです/PIXTA)
会社を去った翌日、スマホを眺めながら…
松本昭雄さん(65歳・仮名)。大手メーカーで働き、60歳定年までは部長として現場を指揮し、その後は嘱託社員として5年間の再雇用期間を全うしました。部長時代は100人近い部下を抱え、再雇用後も「相談役の元部長」として現場のトラブルや若手の教育に携わる日々でした。
現在の生活のベースとなるのは、月額21万円ほどの年金。元々、派手な趣味があるわけではない松本さん。夫婦2人の生活に困ることはありませんが、会社を去った翌日の朝、かつてない感覚に襲われたといいます。
「現役時代はもちろん、再雇用になってからも、朝起きたらまずスマートフォンのメールと着信を確認するのが習慣でした。現場からの進捗報告や、後輩からの『判断を仰ぎたい』という連絡が何かしら入っていましたから。それが私の日常であり、自分が組織に必要とされている証拠でもありました」
退職翌日の午前8時。昨日よりだいぶ遅く目が覚め、最初にしたことといえば、枕元のスマートフォンを手に取り、連絡が来ていないかの確認。当然、画面には何の通知もありませんでした。
「ロック画面には時計が出ているだけ。メールボックスを開いても、通販サイトの広告しか入っていませんでした。昨日まではあれほど鳴っていた電話もピタッと止まった。『あぁ、もう自分は誰からも必要とされていないんだな』と実感し、その瞬間、自分が社会から切り離されたような喪失感を覚えました」
その日の午前中、松本さんはリビングの椅子に座り、テレビをつけては消し、手持ち無沙汰にスマートフォンを眺めて過ごしました。かつての部下や後輩たちの顔が浮かびますが、仕事の用件がなければ連絡が来ないのは当然だと自分に言い聞かせたそうです。
「それまでは朝一番にメールをチェックし、会議の資料を確認し、現場を回る……そんな30年以上続いたルーティンが消えました。これまで『忙しくてかなわない』と思っていましたが、結局、自分が頼られていることを実感したかったのだと思います」
そのような喪失感を妻に話したところ、地域サークルを紹介されました。いくつか足を運んだものの、どれもしっくりこなかったと振り返ります。
「最近は、会社に行かない生活にも慣れ、のんびりと過ごしています。周りからは『何か始めなきゃダメだよ』と言われますが、無理に何か始めるのも疲れるなと思いまして……。今は思い立ったら、市の図書館に行ったり、ふらりとレコード店に寄ったり。焦りもありましたが、最近は解放感を受け入れられるようになりました」