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元銀行員、収入ゼロ→時給1,100円のバイトを開始
地方銀行で長年、法人融資や資産運用を担当してきた佐藤健一さん(63歳・仮名)。50代で支店長、その後、関連会社に出向。現役時代の最高年収は1,500万円に達していました。当時の佐藤さんにとって「働く」は「数値を積み上げ、より高い報酬を得ること」に他なりませんでした。
「地銀の支店長というのは、意外と狭いコミュニティの中にいますが、地域の有力者が集まる会合では常に気を配り、頼りがいのある存在でいようと気を張っていました。一方で取引先との情実と、銀行員としてのシビアな数字の判断の間で、常に神経を使い果たしていました。当時は、そうやって誰かの期待に応え、その報酬として高い年収を得る――それが自分の価値だと思っていました」
転機が訪れたのは60歳の定年直後でした。再雇用で出向した先で、佐藤さんは脳梗塞に倒れます。
「命にかかわるほどではありませんでしたが、今でも右側に軽い麻痺が残っています。これまでのように働くことができず、仕事は辞めました。最初は『もう自分は終わりだ』と落ち込みましたよ。自分が一瞬で不要になったような虚しさが強かったですし、何十年も必死に稼いできたはずなのに、収入がなくなった途端、自分の存在価値までゼロになったような気がしたんです」
現在、リハビリになると思い、マンション清掃のアルバイトを行っている佐藤さん。その中で、大きな変化があったといいます。
「以前は、働くことはお金を増やす手段でしかなく、お金は周囲からの評価そのものでした。それが一度なくなったとき、純粋に働きたいと思うようになったんですよね。そしてモップを持って汗を流し、住人の方から『いつも綺麗にしてくれてありがとう』と直接声をかけられるようになって……本当にうれしかったですね」
時給は1,100円、1ヵ月、2万~3万円ほど。それでも「今は、収入が減ってよかったとさえ思います」と佐藤さん。
「現役時代は、常に『銀行の支店長』という役割を演じることに必死で、どこか自分自身を置いてけぼりにしていました。今はただの清掃員でも、仕事帰りにコンビニで買うコーヒーが、今の私には銀行員時代のどんな高級酒よりも美味しいんですよ。病気をきっかけに多くのものが削ぎ落とされましたが、そのおかげで、ようやく自分にとって本当に大切なものが明確になった気がします」
一方で、このような幸せを感じられるのも、現役時代があったからこそ、と過去を否定することはありません。
「収入がこんなんでも幸せだと言えるのは、それでも十分暮らしていけるだけのお金があるから。もし心許ない貯金しかなかったら『収入が減ってよかった』なんて言えないでしょうね」