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給与が新卒並みに……通帳を見て血の気が引いた
「ATMの画面を二度見しましたよ。そこに表示されていた振込額は『19万8,000円』。新入社員のころに戻ったのかと思いました」
都内在住の山本隆一さん(63歳・仮名)。3年前、建材メーカーで定年を迎えました。定年前は管理職だった山本さん、月収は70万円ほど、年収は1,200万円超。退職金として約2,800万円を受け取りました。
60歳以降も会社に残る「継続雇用制度」を利用。仕事内容は現役時代のアドバイザー業務に変わり、責任はかなり軽くなりました。その分、給与に反映されても仕方がない。年金を受け取るまで、あと5年。無一文になるよりましと割り切っていたはずですが……。
「額面で25万円。それが税金やら保険料やら引かれて、振り込まれたのは20万円を切っていました。実際に目にすると、わかっていてもショックを受けます」
ここで山本さんが「これからは節約しよう」と割り切れればよかったのですが、職場に行けば、かつての部下たちが「山本部長(当時の呼称)」と慕って寄ってくる。「相談に乗ってくださいよ」と飲みに誘われれば、つい財布の紐が緩んでしまうのです。
「現役時代はずっと、飲み代は私が全額払うか、多めに出すのが当たり前でした。再雇用でヒラになったからといって、かつての部下に『今日は割り勘で』とは、どうしても言えなかったんです。『部長』と言われると、つい見栄を張って1万円札を出してしまう……」
妻には「月々決まった額」を渡す約束。不足分は……
家庭でも、山本さんは「弱い夫」を見せられませんでした。 妻の由美子さん(58歳・仮名)とは、「定年後も家計に毎月25万円を入れる」と約束していました。しかし、実際の手取りは20万円以下。毎月5万円の赤字です。さらに、自分のお小遣いや、部下との飲み代、現役時代から続けているゴルフの付き合いを含めると、毎月10万円以上の不足が出ます。
「どうしたか? 退職金ですよ。『予備費』として定期預金に入れてあった退職金の一部を、普通口座に移してキャッシュカードで引き出すんです。毎月10万円くらいなら、2,800万円もあるんだから誤差の範囲だと思っていました」
ほんの少しの補填のつもりでした。しかし、「退職金がある」という安心感は、金銭感覚を麻痺させます。 古くなった車の買い替え、娘の出産祝い、孫への高額なランドセル……。「じいじ、ありがとう」と言われるたび、山本さんは退職金を取り崩しました。「俺が稼いできた金だ、俺の判断で使って何が悪い」と自分を正当化しながら。
異変が露呈したのは、定年からわずか2年後のこと。妻が「老後のリフォーム資金に」と、退職金の通帳を確認したいと言い出したのです。
「見せられるわけがありません。2,800万円あった残高は、私の浪費と生活費の補填、そして株での軽い損失も重なって、たった2年で1,000万円以上も溶かしてしまったのだから」
問い詰められた山本さんが白状すると、「私、そんなに見栄っ張りな人間に見えた?」と呆れられたといいます。