「定年」という人生の一大転機は、誰にとっても期待と不安が入り混じる瞬間です。長年勤め上げた職場を去り、温かな拍手と労いに見送られれば、満ち足りた思いを抱くことでしょう。十分な退職金があれば、老後の生活も安心に思えます。しかし、人生には予想もしない落とし穴が潜んでいることもあります。ある男性のケースをみていきます。
40年、本当にありがとうございました…〈退職金3,000万円〉部下に見送られた60歳男性。幸せな定年退職のはずが、ある日届いた「裁判所からの封筒」に戦慄の理由

「解決済み」の思い込み…18年の時を経て突きつけられた現実

「亡くなった佐藤とは、20代の頃に一緒に小さな会社を立ち上げた仲でした。いわば戦友です。私が安定を求めて会社員になったあとも、あいつは会社を守り続けた。その佐藤から、『工場を大きくしたい。健一、お前の名前を貸してくれ』と頭を下げられたんです」

 

それは、事業拡大のための融資における「連帯保証人」の依頼でした。自分たちの夢の続きを託す友の頼みを、高橋さんは断れませんでした。

 

しかし18年前、その友人は志半ばで病死します。葬儀の後、佐藤さんの妻から、「主人が遺してくれた生命保険で借金はすべて返せます。ご迷惑はかけません」と涙ながらに言われたとか。

 

「こちらも辛い状況の彼女を前に、それ以上は何も聞けませんでした。その後、金融機関からも一切連絡がなかったので、手続きは無事に終わったのだと信じ込んでいたんです……」

 

しかし、現実は非情でした。生命保険だけでは借金を完済できず、残債は数千万円。佐藤さんの妻は、会社を切り盛りしながら返済を続けましたが約8年後に自己破産。そのころ、融資元の金融機関も経営破綻し、この債権は債権回収会社(サービサー)へと譲渡されていたのです。サービサーは、まず自己破産した妻の調査を行いましたが、回収は不可能と判断。そして連帯保証人である高橋さんが退職金というまとまった資産が動くタイミングを正確に狙い、18年の時を経て、訴状を送りつけたのです。

 

連帯保証人は通常の「保証人」とは異なり、お金を借りた本人(主債務者)とまったく同じ返済義務を負います。これは、連帯保証人には「先に本人に請求してほしい」という権利(催告の抗弁権、民法第452条)や、「本人の財産から先に差し押さえてほしい」という権利(検索の抗弁権、民法第453条)が認められていないためです(民法第454条)。債権者からすれば、本人とまったく同じ財布がもうひとつあるのと同じなのです。

 

次に、18年という歳月が流れても請求が可能だった理由は、借金の「消滅時効」が自動的に成立しないという仕組みにあります。債権者が法的な手続きを取ることで、時効のカウントはリセットされますが、これを「時効の更新」といいます(民法第147条)。今回のケースでは、まず亡くなった友人の妻が返済を続けていた約8年間、その行為が借金を認める「承認」となり、時効は進行していませんでした。

 

そして、最も重要なのが、妻の返済が止まったあとの動きです。債権者は時効が成立する前に、主債務者である妻に対して訴訟を起こすことで時効を延長させていました。この時効延長の効果は、連帯保証人である高橋さんにも及ぶことが、民法第457条で定められています。つまり、高橋さんが知らないところで、法律に則って時効は合法的に延長され続け、退職金を得るタイミングを狙って請求を突きつけたというわけです。

 

「迷惑はかけない」という言葉や、「もう何年も前の話だから大丈夫だろう」という思い込みは、法的な効力の前ではあまりにも無力です。一度結んだ契約は、正式な手続きで解除しない限り、何十年経っても当事者を縛り続けます。

 

「完全に私に落ち度があるのですが……どう対応すべきか、専門家に相談をしているところです」

 

[参考資料]

e-Gov 法令検索、民法第147条(裁判上の請求等による時効の完成猶予及び更新、民法第166条(債権等の消滅時効)、民法第454条(連帯保証人の抗弁権)、民法第457条(主たる債務者について生じた事由の効力)