バブルのころ、多くのサラリーマンにとって「郊外に庭付き一戸建てを持つこと」は、人生の成功を象徴するものでした。しかし、それから30年余り。かつての憧れは、今や大きな負担になっています。ある男性のケースから、高齢期におけるマイホームの負担について考えていきます。
もう、売るものがありません。〈年金月17万円・75歳男性〉、固定資産税の支払いも滞り…バブル期に叶えた「庭付き一戸建て」を手放す悲劇 (※写真はイメージです/PIXTA)

「一生の宝」のはずだった郊外の一戸建て

「あのころは、家を持つのが当たり前だと思っていました」

 

加藤正雄さん(75歳・仮名)。東京都心から1時間半ほどの郊外にあるニュータウンに、庭付き一戸建てを建てたのは、日本全体が浮足立っていた1990年、39歳のときでした。土地と建物で7,000万円ほど。そのうち5,000万円近くを借り入れたといいます。駅からバスに乗って10分ほどのロケーションでしたが、「いずれ街が育つ」と言われ、環境の良さから購入を決断した場所でした。

 

住宅ローンは民間銀行で組み、変動金利型を選択しました。当時の金利は年5%を超えており、今から思えば高水準ですが、当時は違和感がなかったと振り返ります。「金利はいずれ下がるし、退職金で一気に返せばいい、と言われていました。実際、周りもみんな同じような考え方でした」と加藤さん。ボーナス払いも併用し、返済期間は30年以上。仕事が順調だったころは、毎月の返済額を深く意識することはありませんでした。

 

東京都内では決して叶うことのない広い庭。週末は手入れに丸一日を費やし、常にきれいに保ちました。自慢の庭には、家族との思い出がたくさん詰まっています。定年後、時間に余裕が生まれてからは、毎日少しずつ庭をいじり、それを鑑賞するのが日常になっていきました。

 

しかし、加藤さんが68歳のときに妻に先立たれ、家は少しずつ負担に変わっていきます。築30年を超え、給湯器や水回り、屋根の補修が相次ぎました。どれも致命的ではありませんが、その都度、まとまった資金が出ていきます。
生活のベースとなる年金は月17万円。退職金は定年時、住宅ローンを完済させるために使い切りました。頼りになるのは老後を見据えてコツコツと貯めてきた預貯金だけ。生活そのものは切り詰めれば何とかなりますが、維持費だけは減らすことができません。

 

毎年春に届く固定資産税の通知は、20万円を超えます。最初のうちは貯金で支払っていましたが、次第にそれも大きな負担になっていきました。昨年は自治体に相談し、分納にしてもらったものの、結果として3期分の支払いが間に合いませんでした。

 

「督促状が来たときは、正直、どうしていいかわからなくなりました」

 

生活費を捻出するため、若いころからコレクションしていた時計やカメラは、そのほとんどを手放しました。今、まとまったお金になるものは残っていません。家を売ることも考え、不動産会社と媒介契約を結びましたが、提示された査定額は厳しいものでした。建物の評価はほぼなく、都心からも遠い。さらに駅から離れたこの土地は、今の市場では買い手が限られるといいます。現在は、売却を前提にした媒介契約を結んだまま、買い手を待つ状態が続いています。

 

「ここを出ることはもう決めています。マイホームをこのような形で手放すのは……正直、寂しいですね」