英国における「金融システムの安定性」に関わるAIの利点とリスク~イングランド銀行金融安定政策委員会の公表資料より~

英国における「金融システムの安定性」に関わるAIの利点とリスク~イングランド銀行金融安定政策委員会の公表資料より~
(写真はイメージです/PIXTA)

近年急激な成長を見せているAI。金融業界は、こうした最新技術の恩恵を多く受ける業界の一つであるといいます。本稿では、ニッセイ基礎研究所の安井義浩氏が、金融業界におけるAIの可能性について詳しく解説します。

報告書の内容

背景~AIのメリットと金融システムにおける役割

今後、AIの開発と進歩、業務への利用は、英国経済の多くの分野に変革をもたらす可能性が高い。労働者の業務時間を節約し、生産性を向上させる可能性が高い。また企業経営の意思決定プロセスを強化し、カスタマイズされたより良い製品やサービスの提供に貢献する。最先端技術という意味では、例えば、パソコン等の計算速度を向上させ、医療分野などにおいて、科学的・技術的なブレイクスルーを促進し、長期的には生産性の高い経済成長へとつながる可能性を秘めている。

 

金融業界は、こうしたイノベーションの恩恵を多く受けるセクターのひとつである。AIの活用は、以下のように、既に金融機関の社内業務プロセスや顧客とのやり取りなど、一部の業務において、すでに始まっている。将来的には、信用審査や保険引受け可否の判断などの、中核的な意思決定に役立ち、会社の資源配分に変化をもたらすことが考えられる。

 

・AIは、定例的な事務作業に割く人的資源の削減に貢献することや、投資判断等の意思決定を支援する技術革新をもたらすことなどを通じて、生産性が向上し長期的な経済成長に役立つ。

 

・AIの導入により、今後15年間で銀行保険分野における生産性が30%向上すると予想される。

 

銀行では、融資の決定が金融リスク管理の中核を成す。信用リスク管理におけるAIの活用は、まだ初期段階にあるものの、事前審査、企業状況を点数化するスコアリング、価格設定、引受けの可否判断など融資プロセスの様々な段階においてAIの活用が始められている。

 

保険分野では、保険料設定や保険引受の判断を支援するAIモデルの利用が拡がりつつある。

 

投資分野でも、SNS等から得られる代替データセットを分析することや、経済金融分野においてAIを利用して未知の相関を発見することによる新たな投資戦略の開発が可能になることなど、AIの活用が期待される。

 

金融安定性に関わるリスクと影響

他方でAIは、金融の安定に対する便益だけではなく、以下のように各種のリスクをもたらす可能性もある。

 

・金融機関の意思決定におけるAI活用の拡大により、金融システム全体の健全性に関わるリスクが懸念される。ミクロでの(各金融機関それぞれの)リスク管理が実施されていても、ショック事象が実際に起きた時、同じ行動をとること(collective behavior)になれば、全体として何が起きるのか、など全体としての脆弱性は残るものと考えられる。

 

・多数の金融機関が共通のオープンソースのデータやモデルに依拠していた場合、金融システム全体が同時に悪影響を受けるといった脆弱性につながる可能性が考えられる。

 
・AIによる自動的な資産運用により、個別金融機関どうしのポジションや、戦略の相関が大きくなり、経済的ストレスが発生した場合、資産の投げ売りなどの影響が現在よりも激しくなる可能性がある。

 

・自動的な資産運用を行うAIが「資産価格への経済的ストレス事象があると、それを利用した収益機会が拡大する」と学習し、ある種のショックを、自ら積極的に発生させるような行動にでる懸念がある。

 

・AIサービスを提供する会社が(競争による淘汰などで?)少数に留まると、当該サービスが混乱した場合に、金融システム全体が同時に混乱するリスクが生じる可能性がある。こうした場合、サービスを他社に乗り換えることが困難になっている、と考えられるので、影響は拡大する可能性がある。

 

・サイバー攻撃において、AIが悪用されることにより、重大な被害が広範囲に起きる可能性がある。

 

サイバー攻撃は、金融機関が直面する重大なリスク要素であり、AI関連リスクの中でも、サイバーセキュリティは、関係者に常に上位に認識されている。AIは悪意のある攻撃者の能力と機会を増大させる一方で、金融機関の対抗能力をも向上させる、いわば「技術的な軍拡競争」ともいえる事態が今後起こりうる。

 

 

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※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2025年05月23日に公開したレポートを転載したものです。

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