
それまで仕事中心で家庭を顧みることはほとんどなく、家族との会話は事務的なものだけ。それでも家に帰れば温かい食事が用意され、着るものも用意されている――仕事に全力投球できるのは妻のおかげということは、頭の片隅では理解し、だからこそ、定年後は夫婦水入らずを楽しもうと考えていたのです。しかし「私はずっと外で働きたかった。でもあなたは家庭に入ることを当然のことのように求めてきた」と妻。さらに「俺が稼いでやっているという感じが本当に嫌だった」と続けます。妻は50代になったばかり。隠居生活に入るのはまだ早く、これまで家庭を顧みなかっただけに、桑原さんに反論の余地はありませんでした。
それから10年。妻は60歳になり、桑原さんは70歳になりました。そろそろ夫婦水入らずの老後を。そう考えていた矢先、突然、年下の妻から離婚を突きつけられ、生活が一変します。「この10年であなたは変わると思ったけど変わらなかった。これ以上、同じ空間で同じ空気を吸って生きていくなんて無理」。桑原さんの定年を待って働きに出た妻。仕事人間だった夫に、支える側の苦労を知ってほしかった――その思いはまったく伝わらず、家にいても食事が出てくるのも服が用意されているのも当たり前と考えていた桑原さん。三行半を突きつけられるのも、時間の問題だったのかもしれません。