
「子の教育」に注ぎ込んだ家計の代償
東京都内に暮らすごく一般的なサラリーマンだという藤井健一さん(仮名・60歳)。大学卒業後、中堅メーカーに就職し、40年勤め上げて定年を迎えました。定年後は再雇用により、嘱託社員として月収は約28万円で働いています。定年を境に給与はおよそ半分に。「今後を考えるとかなり厳しい」と話します。
これまで妻と子ども3人、計5人の家族を支えてきた藤井さん。「子どもたちには自分よりもいい人生を歩んでほしい」と考えていました。学習塾、私立中学、大学受験予備校と、惜しみなく教育費を注ぎ込み、長男と次男は有名私立理系大学に進学、三男もまた有名私立文系大学に進学し、さらに卒業後には海外に留学。教育費負担は想像以上でしたが、奨学金返済に苦労した経験から、奨学金利用に抵抗感を感じ、教育資金の大半を自分の収入と貯蓄から捻出しました。
さらに学費以外にも「子どもの教育に良い」ということに対しては、躊躇なくお金を使ってきました。国際感覚が身につくようにと毎年のように海外旅行にいき、しっかりとテーブルマナーを身につけてほしいと誕生日には高級レストランで食事――健一さんの親からは「身の丈にあったことをしたほうがいいのでは」などと苦言をもらうこともありました。それでも「子どもの教育に関しては、もっとやれたと後悔したくない」と妥協しませんでした。
ソニー生命保険株式会社『子どもの教育資金に関する調査2025』によると、子どもが小学生から社会人になるまでの想定教育費は平均1,489万円。また「老後の備えより子どもの教育費にお金を回したい」という人は61.1%にも上っています。
振り返れば、長男が生まれてからの30年間、家計は教育費により常に綱渡り。教育費のピーク時には、収入の多くが教育関連の支出に消えていきました。もちろん、子どもの成長は何よりの喜びであり、希望の学校に進学したりするたびに自分たちの苦労が報われたように感じました。その一方で、夫婦の老後を見据えた資産形成は、ほとんど手つかずの状態。定年時に手元にはほぼ貯蓄ゼロ。退職金も住宅ローンの残債と、三男の留学費用に消えました。
金融広報中央委員会『令和5年 家計の金融行動に関する世論調査』によると、金融資産*未保有世帯は世帯主60代世帯で21.0%。2割は将来を見据えた資産形成が不十分だといえます。
*定期性預金・普通預金等の区分にかかわらず、運用のためまたは 将来に備えて蓄えている部分
また金融資産保有世帯に限っても、その資産額の平均は2,026万円ですが、中央値は700万円。老後を見据えて「お金の心配はない」という人たちは、かなりの少数派といえる状況です。「教育費を優先して貯蓄を後回しにした」家庭が、高齢期に経済的困難に直面する傾向が強まっています。