孫疲れ…じわりと心を侵食していく
「孫の笑顔を見ると、可愛いなと思うんです。でも、ふとした瞬間に『これは自分たちが望んだ生活だったか?』と考えてしまうこともあるんです」
浩之さんがそう漏らすように、日々の負担は精神的にも少しずつ蓄積されていきます。
いま、高齢世帯を取り巻く経済状況は想像以上に複雑化しています。内閣府が発表した『令和6年版 高齢社会白書』によれば、65歳以上の親世代が子や孫の生活を支える支援側にまわっているケースは増加傾向にあります。一方で4月からの年金支給額は前年度より1.9%引き上げられたものの、物価上昇分を下回り、実質的に目減り。年金が大きなウエイトを占める高齢者の暮らしは年々苦しさを増しています。この影響は孫消費にも。ソニ-生命保険株式会社が行った『シニアの生活意識調査』によると、孫のための出費は年平均10万4,717円。2023年10万8,134円から3,417円減少。高騰する家計負担に対し、孫消費を抑えるしかなかったシニアも多かったようです。
高野夫妻も節約を試みるも、成長する孫のための支出は減らすことが難しく、夫婦ふたりの楽しみだった旅行や趣味は後回し。家計簿には、孫の教育費や外食代、スマホの料金、プレゼント代などがずらりと並びます。
「一度始めてしまったことは、なかなかやめられないんですよね。習い事を辞めさせるとか、ゲームは我慢しなさいとか……簡単にはいえません」
浩之さんはそう話しますが、どこか疲れた様子もにじんでいました。
「もう逃げたい」――その言葉を浩之さんが久美子さんに漏らしたのは、ある日の夜のことです。次女が仕事から遅く帰ってきたため、夕飯の片づけや宿題の確認、風呂の準備までを夫婦ふたりでこなし終えたあと。静まり返ったリビングで、ふたりはようやく腰を下ろしました。その瞬間、「グキっ」という音、そして強烈な痛みが腰に走りました。明らかなぎっくり腰。思わず涙目になる浩之さん。娘と孫を責めたいわけではないけれど、このままの生活がいつまで続くのかという、何とも表現できない憤りがじわじわと心を侵食していき、ポロリと弱音を吐いてしまったのです。
美智子さんもまた、「夫婦ふたりの時間はどこにいったのか」と思うことが増えてきたといいます。
幸せな老後を彩ってくれる孫という存在が一転、穏やかな日常を崩壊させる“恐ろしい存在”になるというリスク。貯蓄があり、年金収入も平均以上。お金の心配のない夫婦であっても、思い描いていた通りの老後を実現することは、意外にも難しいのかもしれません。
[参考資料]
内閣府『令和6年版 高齢社会白書』