少数の個人が、複雑な工程すべてに携わることで…
YouTubeをはじめとする動画共有サイトが次々とサービスを開始したのは2000年代半ばのことです。しかし、その頃はまだ「YouTuber」と呼ばれる職業は、ほとんど認知されていませんでした。
もし当時の人々に「YouTuberとはなにか」をひと言で説明するとしたら、なんというべきでしょうか? 筆者は「番組の企画、製作、出演、CM放映などのすべてを1人から数人のメンバーで一気通貫して行う職業」と表現します。
なぜなら、そのような複雑な工程のすべてを、必ずしも各分野に精通しているわけではないごく少数の個人が行っているという状態が、YouTuberが法的トラブルに陥りやすい理由だからです。
「業界の法律」として発展してきた著作権法
旧来のメディアでは、1つの映像を製作し配信するまでの間にさまざまな企業が介在し、それぞれの専門領域で法的課題にも対処していました。
動画共有サイトや安価なツールの普及により、それらの工程の多くを個人レベルに集約できるようになったことに伴って、あらゆる法的課題までもが個人のもとに集約されてしまっていることが、YouTuberが法的トラブルに見舞われやすい大きな理由ではないかと思います。
さらに厄介なことに、映像の製作や配信にかかわる多くの法律の基本的な構造は、動画共有サイトが登場した2000年代半ばからあまり変わっていません。とくに、映像を含む創作物に関する最も中心的な法律である著作権法は、作家や作曲家等のクリエーター、及び出版社や放送事業者等のマスメディアを主要なプレーヤーとする、いわば「業界の法律」として発展してきました。
「法律が時代に追いついていない」という現状も
いまや一般人がクリエーター兼メディアとして”業界”に参画することが容易になり、プレーヤーが爆発的に増加するなか、法律を現代にあわせてアップデートしようとする動きも活発に行われていますが(その最たる例のひとつが、ネット上の情報の投稿者の身元を開示するようプロバイダに対して請求できる制度の導入でしょう)、法が時代に追いついたとは到底いえません。
たとえるなら、かつて映像コンテンツは、まるで香辛料のように、はるか遠い土地で産出される商品でした。それを商人たちが、法律と商慣習という航路図を頼りに海から海へと流通させ、ようやく消費者のもとへ届けていたのです。
一方で、現代のYouTuberは、わずか数人で漕ぎ出す小さな舟に乗り、幾つもの大海を股にかけながら、商品を産地から消費者のもとへ直接届けなければなりません。しかし、彼らの手元にある古い航路図は、あくまで巨大な帆船で航海することを前提に作られたものなのです。
YouTuberが陥りがちな法的トラブル①…著作権問題
YouTuberが日々直面する法律問題のうち、最も典型的なものは著作権に関するものでしょう。YouTuberが製作する動画は、ゲーム実況や映画紹介などの形で既存の著作物を利用したり、他の投稿者のコンテンツを参照したりすることが多いため、自然と著作権が問題になりやすいという性質があります。
YouTuberのなかにもそのことを自覚している方は多く、動画投稿者向けに著作権法を解説する情報が増えていることもあって、著作権法に関するYouTuberのリテラシーは向上しつつあります。
しかし、前述のように、そもそも著作権法は業界の法律として発展してきたという経緯から、一般人が少し学んだだけでは理解が難しい部分が少なくありません。むしろ、誤った理解によって自らトラブルを引き寄せてしまうこともあります。
そのような「生兵法が大怪我のもと」になるケースを2つ紹介します。
1.引用の要件を理解せずに無断利用
漫画のひとコマなどを動画の素材として利用しても、©という記号をつけて著作権者の氏名を表示(例:©手塚治虫)していれば「引用」として適法であると考えている方がいらっしゃいますが、これは勘違いです。
確かに、著作権法には、他人の著作物を自分の表現のなかに「引用」する場合には、著作権の侵害にならないというルールがあります。
しかし、「引用」に該当するためにはいくつかの要件があり、©という記号をつけて著作権者名を表示することは、それらの要件のうちたった一つを満たすために用いられることのあるお作法に過ぎません(このお作法が通用しない場合もあります)。
さらに、他の要件として「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内」で行うこと、というものがあります。ここで例示されている「報道、批評、研究」というのが、まさに伝統的なメディアや学術空間において引用が認められてきた場面であることからもわかる通り、YouTuberの動画における利用がどのような場合に「引用の目的上正当な範囲内」と認められるのかという判断は容易ではありません。
2.安易な通報が損害賠償沙汰に
上記はYouTuberが他人の著作権をそれと知らずに侵害してしまうパターンですが、逆にYouTuberが「自分の動画の著作権が侵害された」と訴えることもあります。YouTubeには膨大な数の動画が投稿されますので、内容に共通点のある動画も少なくありません。しかし、他人が似た内容の動画を投稿しているからといって安易に権利侵害を訴えることは、非常に危険です。
YouTubeなどのユーザー投稿型プラットフォームでは、著作権侵害コンテンツに対して運営会社に通報できる仕組みが整えられています。権利者から通報があった場合には、運営会社は簡易的な検討を経てまず当該コンテンツを削除し、投稿者から異議申し立てがあれば審議のうえ復活させるという対処法が現在では主流になっています。この仕組みは円滑な権利行使を可能にする一方で、不当な通報であっても、いったんはコンテンツが削除されてしまうという問題があります。
日本でも、上記の仕組みを利用し他の投稿者の動画に対して削除要請を繰り返したYouTuberが、逆に相手から損害賠償を請求されるという事件が起こりました。判決によると、通報により削除された動画は、実際にはそのYouTuberの著作権を侵害するものではなかったにもかかわらず、重過失により侵害通報をしたものであると認定されており、当該YouTuberに対する損害賠償請求が認められました。
YouTuberが陥りがちな法的トラブル②…炎上リスク
毎日のように新しい企画を生み出し続けるYouTuberは、炎上のリスクと無縁ではいられません。
あえて炎上を狙った企画を繰り返すYouTuberがいることも確かですが、投稿した動画が炎上した場合にYouTuberはなにも法的な責任を取らなくてよいかというと、そうではありません。事務所に所属している場合、事務所とのマネジメント契約における契約違反に問われる可能性があります。また、スポンサーが離れる原因にもなり、広告収入の面でも痛手となります。
それでもYouTuberの炎上が絶えない理由はさまざま考えられますが、YouTubeをはじめとするプラットフォームが備えるレコメンデーション機能が背景にあることは確かです。
YouTubeなどのアルゴリズムは、視聴者の過去の閲覧履歴や検索キーワード等に基づき、各視聴者が興味を抱きやすいコンテンツを優先的に表示する仕組みをとっています。YouTuberの間では、この仕組みを利用し、現在人気のある動画を分析して、アルゴリズムに評価されやすい動画、すなわち人気の動画と共通するトピックの動画を製作することがノウハウとして確立しています。
その結果、YouTubeではある種のトレンドが発生し、似たような企画の動画が乱立する現象が生じます。そのなかで一歩抜きんでるために、他のYouTuberよりも過激な動画の製作に踏み切るケースがみられます。
従来のメディア空間でも、テーマの持つ話題性を利用しつつ、過激な内容で視聴者を引きつけようとする戦略は往々にして見られました(性や暴力、時事問題等を主題にしたエクスプロイテーション映画などがそれにあたります)。そこへアルゴリズムに基づくレコメンデーションが登場したことで、現代のコンテンツはさらに短期間で先鋭化する傾向があるといえます。
YouTuberが陥りがちな法的トラブル③…事務所契約の問題
YouTuberが活動を拡大するうえで、契約の問題は避けて通れません。彼らにとってとくに大きな悩みとなりうるのが、彼らの活動をサポートするコンサルタントや事務所との契約にまつわるトラブルです。
とくに人気急上昇中のYouTuberに対しては、その将来性と経験の浅さに目をつけて、コンサルタントを名乗る人物から連絡があり、不当な内容の契約を持ちかけられることがあります。ビジネスに慣れていない新進のYouTuberが、もしこのような相手と契約してしまうと、活動による収入を大幅に抜き取られたり、商標権や著作権などの権利を吸い上げられたりなど、深刻な被害を受けることが少なくありません。
信頼できる事務所に所属することができたとしても、事務所との契約には多くの場合、脱退時に違約金を支払うことを定めた条項や、他の事務所での活動を制限する競業避止義務条項が含まれます。事務所がYouTuberのサポートのために投下したコストを回収できなくなることを防ぐために設けられるこのような条項は、旧来の芸能事務所と芸能人との契約でも一般的にみられるものです。
しかし、YouTuberと芸能人との間には決定的な違いがあります。それは、芸能人は基本的に「出演者」としての立場に徹しているのに対し、YouTuberは冒頭で述べたとおり「番組の企画、製作、出演、CM放映などのすべてを1人から数人のメンバーで一気通貫して行う職業」だということです。
芸能人は芸能事務所に所属する(または自ら事務所を作る)ことをしなければメディアでの活動自体が困難となりますが、YouTuberはそうではありません。所属している事務所との関係性が悪化すれば、「じゃあ他に行きます」「自分たちだけで自由にやります」という判断ができる立場にいるのがYouTuberです。
そのため、YouTuberは事務所に対して強く出ることができる一方で、事務所側も違約金条項や競業避止義務条項を背景にYouTuberをコントロールしようとするので、トラブルが顕在化しやすいのです。
まとめ
われわれ弁護士のもとにも、多くのYouTuberの方が相談に来られます。YouTuberの方々は、日々配信される大量の情報や競合コンテンツの海のなか、どうにか溺れずに生き残るため、大変厳しい戦いを強いられています。
世の中に楽な仕事はありません。読者の皆さんも、彼らにまつわるスキャンダラスな話題を見聞きしたときには、ぜひその背景についても考えていただけたらと思います。
中牟田 智博
弁護士法人GVA法律事務所 弁護士
