中途採用、新卒採用、アルバイトなどの雇用形態を問わず、入社、転職、退職にともなうトラブルには数多くのエピソードがあり、時折思わぬことが発生するものです。今回は、人材コンサルティング会社の東京エグゼクティブ・サーチ(TESCO)代表取締役社長・福留拓人氏が、自身が遭遇したというめずらしい事例について、対処に奔走したことなど振り返りながらご紹介していきます。
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まさかの「警察に拘留」という事態…その後の対応

何が起きていたかというと、Aさんは警察に拘留されていたのです。拘留されるにはいろいろな要因があるでしょう。もともと何かの捜査線上にあり、逮捕された日が偶然初出社の日だったとか、そんな想像もしてしまいます。

 

あるいは、通勤時に痴漢の疑いで現行犯逮捕され、拘留される場合もあります。この場合、原則として所持品はすべて警察に没収されます。連絡の手段である携帯電話は警察が使用している電波を遮断する特殊な袋に入れられて、電源が切れていなくても強制的にオフにされます。この時点で48時間の拘留がはじまります。

 

こうなると本人から会社に連絡が来ないのも致し方ありません。しかも警察は携帯電話を操作しませんから、充電がなくなります。この時点で二重に連絡が取れなくなるわけです。

 

ということで、何らかのトラブルが発生して拘留された可能性があるのではないかと考えました。私は若い頃修業を兼ねて探偵をしていたことがあるので、このようなことに多少知識がありました。そこでAさんの居住地や通勤経路をたどって該当する警察署に聞き込みをしてみました。これは裏技ですが実に有効でした。

 

結果として、やはりAさんは痴漢の疑いで拘留されていました。関係者に事情を聞いてみると本人は否認しているということで、48時間が経過した後も拘留が延長されることが確実になりました。この時点で本人が罪を犯したのか冤罪なのかはわかりませんでしたが、私たちエージェントができることは内々に企業側に事情を伝えて善後策を講じることでした。

 

大きな会社や経験豊かな人事がいる会社であれば、連絡がつかなくなって丸一日経過する頃に「警察に拘留されているのではないか」と気がつくと思います。しかしAさんが入社する会社は人事担当者がそこまで知見を持っていなかったので、私は人事部長に直接アポイントメントを取り、その日の夕方に秘密裡に面談し、事情を伝えました。

 

私たちの独断であるけれども確認を取ったところ拘留されていることがわかったと伝え、本人が否認している(現在は個人情報の管理が厳しくなっているが当時は人脈を駆使して情報を入手できた)ことも伝えました。

 

そして本人が否認している以上、この段階で最終的な判断をするのが軽率に思えたので、「この問題はいったん本当のことを伏せた状態で社内に告知しませんか」と提言しました。その理由を人事部長が訪ねたので、こう答えました。

 

「この段階で、御社の人事担当者様は警察に拘留されていると推測している様子はありませんでした。しかしAさんとは数日間は連絡がつかない可能性が高く、人事担当者様から雑談に尾ひれがついてこの話が拡散すると、無罪であってもAさんの復職の望みが断たれてしまう可能性があります。本人が事実を認めたら入社辞退もしくは解雇ということで入社取り消しの事由に該当しますが、このタイミングではまだ判断が難しいと思われます。事態を知られないように、人事部長の裁量で急病といった理由にしてはどうでしょうか」

 

このように、その日にできる範囲の措置を行いました。