海外資産の相続税に影響を与えた、武富士事件
ここで特に影響したと考えられているのが、いわゆる「武富士事件」です。事件が起きるきっかけは、消費者金融大手として知られる武富士の創始者が、香港に在住する長男に海外法人の株式を生前贈与したことにありました。
当時の相続税法では、海外の居住者が国外財産を贈与や相続で取得した場合、課税対象外とされていたため、当然ながら長男は贈与税の申告をしませんでした。
ところが、この事実を把握した税務当局は、約1,300億円の贈与税を申告しなかったと判断し、贈与税の決定処分を下します。つまり贈与税を半ば強制的に課したのです。この処分の根拠とされたのが、「住所」の解釈にありました。
税務当局側は、「香港の住所は税法上の住所ではなく、長男の住所は国内にある」と主張しました。この判断の根拠については複雑なため説明を割愛しますが、税務署としては「香港は税逃れのための仮の住所」という判断をしたことになります。
贈与税の決定処分を受けた長男は、処分を不服として訴訟を提起しました。この訴訟は最高裁まで持ち越され、最終的に2011年2月に長男の勝訴が確定しました。「長男の住所は国外(香港)にある」と判断されたため、当時の法律では「長男は贈与税を申告・納税する義務はない」という結論が出たことになります。
武富士事件は法改正に発展
このように、武富士事件そのものについては、国側が敗訴したわけですが、これら一連の訴訟が行われている間に、財務省は外国籍を取得する贈与スキームに対して、国外居住者や国外財産に対する相続税や贈与税の締め付けの強化を始めました。
2013年の税制改正において、日本に住所がある者からの贈与については、国外居住者で日本国籍がない者に対しても、すべての財産が課税対象になっています。こうした流れから、今のような海外移住による税逃れがしにくいルールになったのです。
相続税の納税義務者の判定は、税務調査で着目されることが少なくありません。自身が制限納税義務者と考えて国内財産だけを申告していたら、税務調査により生活の本拠地が日本と認定され、国外財産も含めて修正申告をするよう求められることがあります。
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