映画になった人物、「ダイアナ・ナイアド」のスピーチがスゴイ
2024年1月23日に、第96回アカデミー賞(2024年度)のノミネート作が発表されました。
日本でも話題になった『バービー』や『オッペンハイマー』はもちろん作品賞としてノミネートされていますが、主演女優賞と助演女優賞の2カテゴリーでノミネートされた、あまり知られていない作品があります。それは、『ナイアド ~その決意は海を越える~』です。
ノミネートされたのは、主演のダイアナ・ナイアド役を演じたアネット・べニング、そして、ダイアナ・ナイアドを支えるボニー・ストール役を助演したジョディ・フォスターです。本作は、アメリカの長距離水泳選手として若き頃に活躍したダイアナ・ナイアドの半生をNetflixが映画化したものです。選手引退後60歳になったダイアナは、キューバとフロリダを結ぶ100マイルの海峡を泳ぎ続けて横断する、という前人未到の偉業に挑戦しました。映画ではこの実話に基づくストーリーが描かれています。
あまり知られていないストーリーなのですが、実は筆者は、2013年にダイアナ・ナイアド本人が登壇したTEDトークが大好きで、何度も聞いていたので、彼女の半生が映画化されると聞いたとき、その公開を心待ちにしていました。
アネット・ベニングとジョディ・フォスターの、本人たちを生き写しにしたような迫真に迫る演技もぜひ観ていただきたいと思いますが、今回はダイアナ・ナイアドがTEDトークで語ったストーリーに注目し、筆者開発のブレイクスルー・メソッドに基づいて解説します。
「これで5回目の挑戦です」…ナイアド、“第一声”からワザあり
⇒【ポイント①】7秒-30秒ルール:冒頭から聞き手を引き込むオープニング手法
※【スピーチ引用元】YouTube - TED『Never, ever give up | Diana Nyad』(https://youtu.be/Zx8uYIfUvh4?si=ultlnEM7otgz07jz)
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“It’s the fifth time I stand on this shore, the Cuban shore, looking out at that distant horizon, believing, again, that I’m gonna make it all the way across that vast, dangerous wilderness of an ocean. Not only have I tried 4 times but the greatest swimmers in the world have been trying since 1950 and it’s still never been done.”
(日本語意訳:これで5回目の挑戦です。私はこの岸、キューバの岸に立ち、遠くの地平線を見つめています。目の前のこの広大で危険な海の荒野を横断する。再度、そう信じながら。1950年から世界中の偉大な泳ぎ手たちが試みてきましたが、まだ誰も成功していません。)
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上記は、2013年9月2日に64歳で、「人間には無理」と言われた偉業を果たしたダイアナ・ナイアドのTEDトーク、冒頭の30秒です。
聞き手は、7秒で話し手の印象を決め、30秒で、話し手の話に興味があるかどうかを判断する、といわれています。
これをブレイクスルー・メソッドでは、「7秒-30秒ルール」と呼んでいます。第一印象と第二印象、と呼んでもよいかもしれません。つまり、7秒でインパクトのある第一印象を与えて興味を引き、30秒で心を掴むことが、スピーチ全体の成功を大きく左右するため、オープニングの工夫が非常に大切になってくるわけですが、筆者の著書『20字にそぎ落とせ ~ワンビッグメッセージで相手を動かす』(朝日新聞出版)のp.179でも紹介している4つのオープニング方法のうち、ダイアナ・ナイアドは、「ストーリーで始める」という手法を使っています。
しかも、「私が5回目の挑戦をしたときのお話をします」のような前置きは一切なく、「これで5回目です」、と「いきなり」ストーリーに入り、さらに「現在形」で語ることで、あたかも聴衆が今そのストーリーを一緒に疑似体験しているかのような錯覚まで起こしており、非常に効果的なオープニングになっています。
その後、いかにこの挑戦が無謀なものなのか、その深刻さが刻銘に描写されますが、その後、ユーモアを使って、立て続けに笑いを引き起こしている技術も注目すべきポイントです。
「よく、記者などから『その挑戦に、ボートや支援者とかは同行するの?』と聞かれます…何を考えているの? 私が一人で空の星を見ながら進んでいくとでも?」
とユーモアを交えて語ると、どっと笑いが起きます。さらにダイアナはこう続けます。
「私が口にナイフを加えて、魚を刺して食べながら泳いで、(飲料水を作る)海水淡水化装置をおしりに従えて進むとでも??」
また笑いが出たところで、絶妙な間(ま)をとるとさらに笑いは高まり、「ええ、チームを連れて行くわよ」、とぽつり一言。またそこでどっと笑いが起こります。笑いは、緊張と緩和、正論と極論、建前と本音、などの、ギャップと意外性、そして、絶妙な間合いから引き起こされます。
冒頭からものの1分で、観客を自分の世界に引き込み、緊張感を高め、そして笑わせる、というスピーチの極意を凝縮させており、まさに私が常々語っている、「スピーチは情報のエンターテイメントである」を体現しています。
「Find a way」…スピーチ中にたびたび登場した短いフレーズ
⇒【ポイント②】記憶に残る「ワンビッグメッセージ®」:“最も重要な情報”に絞り込む
ストーリーは、ただ語って「ああよかった」と思っただけでは印象に残りません。伝えたいメッセージをストーリーという形に包んで “プレゼント”するからこそ、記憶に残るストーリーになるのです。
ビジネスにおいても、どんなスピーチでもプレゼンでも、この一点が聞き手に伝わってほしいというメッセージがあるものです。その「たったひとつの大事なメッセージ」のことを、ブレイクスルー・メソッドでは「ワンビッグメッセージ®」と呼んでいます。筆者の著書『20字にそぎ落とせ ~ワンビッグメッセージで相手を動かす』(朝日新聞出版)のタイトルにもなっているとおり、スピーチ・プレゼンで最も大切なポイントといってよいでしょう。言いたいことをたったひとつのワンビッグメッセージ®に絞りこむことで、格段に相手に伝わりやすくなるのです。しかも大事なのは、ワンビッグメッセージを「20字で語る」ことで、より明確に、意図したとおりに伝わるのです。ただし、「20字」というのは日本語の場合です。英語の場合は「10ワード以下」が適切です。
メッセージは相手に解釈の余地を与えてしまうと誤解の元になります。ですから、長い言葉で語り尽くそうとすればするほど、解釈の余地は広がってしまいます。それを避けて、明確なメッセージを相手の記憶にしっかり焼きつけるためには、違う解釈のしようがないくらいにまで削ぎ落し、短く、かつ、覚えやすいフレーズで、スピーチ全体を通して一貫して繰り返し伝えることが大切になってきます。
ダイアナ・ナイアドのワンビッグメッセージ®は、「Find a way(道を見つけよ)」である、と言えるでしょう。
そしてこのワンビッグメッセージ®は、自身の教訓として、Bonnieのセリフとして、そして最後には観客への呼びかけとして使われており、まさにワンビッグメッセージ®のお手本と言ってよいでしょう。全体を通してなにが一番伝えたいことなのかを考え抜き、そのたったひとつのメッセージが聞き手に伝わるために必要な情報だけを探し当て、余計な情報はすべて削ぎ落す。つまり、プレゼン・スピーチでは、いかに最重要な情報のみへと整理するかにかかっています。
「言葉選び」や「体の動き」で、情景を鮮明に描写
⇒【ポイント③】聞き手視点:聞き手の五感に響くように語り、臨場感を与える
さらにもう1点、ダイアナ・ナイアドのTEDトークが優れている点を挙げるなら、ストーリーがビビットに描かれている、という点です。
ブレイクスルー・メソッドでは、もう1冊の著書『ストーリーに落とし込め ~世界のエリートは「自分のことば」で人を動かす~』(フォレスト出版)の第三章にも詳しく記載があるように、筆者が開発した「6つのC」こと、”The 6C’s of Strategic Storytelling™ “をフレームワークとして使って戦略的にストーリーを構築していくのですが、この本でも書いていないことが1つあります。それは、ストーリーを語る際、あたかも映画を見ているかのように五感に響く言葉をチョイスしていく、という点です。ダイアナ・ナイアドはそれを素晴らしく実践しています。
彼女のTEDトークからいくつか例を挙げてみましょう。
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“Before the first stroke, standing on the rocks at Marina Hemingway, the Cuban flag is flying above. All my team is out in their boats, hands up in the air, ‘we’re here for you’. “
(泳ぎ出す前、マリーナ・ヘミングウェイの岩の上に立っています。キューバの旗が風に揺れています。私のチーム全員がボートに乗り出しています。彼らは手を空に掲げています。「あなたのためにここにいるよ」と。)
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ダイアナ・ナイアドは、足元を確認しながら、あたかも岩の上に今立ったかのように「岩の上に立ち」のセリフを言い、旗が風に揺れる様子をわずかな手の動きで表現し、チームが手を挙げている様子も再現しています(写真参照)。最初のストロークを始める前の緊張と期待、晴れやかな空、周りの景色から感情までが見事に視覚化されて見えてきます。
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“To be in the azure blue of the Gulf Stream, as if you are breathing, you’re looking down miles and miles and miles to feel the majesty of this blue planet we live on.”
(ガルフ・ストリームのアズールブルーに身を置くかのように、まるで呼吸しているかのように、何マイルも先を見下ろして、私たちが生きているこの青い惑星の威厳を感じます。)
“You’ve never seen black this black. You can’t see the front of your hand, and the people on the boat, they just hear the slapping of the arms and they know where I am.”
(これ以上の黒を見たことはないでしょう。自分の目の前の手も見えません。ボートに乗っているチームは、腕のひたひたという音だけを聞いて、私の位置を知ります。)
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海の色がただの青ではなく、アズールブルーであったこと、ただ海底を見下ろすのではなく、何マイルも先、しかも呼吸しているかのように見下ろし続けていたこと。真っ暗な海がどれほどまでに真っ黒なのか。どれほどまでに静かなのか。広大な海を60時間泳ぎ続けたダイアナの感情、見ていた色の濃さ、音の静けさがビビットに伝わってきます。さらには、ここで「I」という自分を主語にするのではなく、「You」という、聞き手を主語に使っています。これをブレイクスルー・メソッドでは「聞き手視点」と呼んでいますが、聞き手を主語にすることで、彼らが今、それを疑似体験しているかのように臨場感を持たせ、ストーリーが紡ぐ世界観に引き込んでいく技法が使われています。
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“I’m singing, ‘imagine there is no heaven♪ doo doo doo♬’ ”
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さらに、誰もが知るジョン・レノンの“Imagine”を歌い、ストーリーの中に効果的に「音」を取り入れています。
その他、視覚や聴覚だけでなく、クラゲ防止のためにかぶっていたマスクの感覚、途中で訪れる吐き気、低体温症など、「触覚」「味覚」「嗅覚」などもストーリーの中に取り込まれており、言葉だけで紡がれているはずのストーリーが、「見える」「聞こえる」「感じられる」ものとしてビビットに伝わっています。
ビジネスリーダーこそストーリーを語ろう
今回取り上げたのは、ダイアナ・ナイアドのTEDトークですが、多くのビジネスパーソンは、自分の体験したことや、自分の身に起こったことをストーリーとして他人にシェアすることはあまりないかと思います。そんなことは個人的なことであって、語るに足りないことであると考えているかもしれません。
しかしそこにこそストーリーの鉱脈があるのです。
ストーリーテリングは、なにも天才的な起業家やビジネス界のレジェンドが語れるものではなく、あらゆるビジネスパーソンのなかに内在しているものです。
ストーリーテリングは自分の内側を掘りさげていく作業です。
あなたが経験したこと。
あなたが苦労したこと。
あなたが失敗したこと。
あなたが気づいたこと。
そうしたパーソナルな体験こそ、人を動かすのです。そして聞き手の学びにもつながります。パーソナルな体験をさらけ出すことのできるリーダーは、本当に強いリーダーと言えるでしょう。すべて順風満帆で自信の塊のようなリーダーよりも、苦労話も失敗話も自分の欠点も、全部さらけ出し、パーソナルな体験をストーリーとして語るリーダーにこそ、人は惹かれ、ついていきたい、と思うものです。
人間味の溢れるリーダーに一歩近づくため、今回解説したダイアナ・ナイアドのTEDトークのポイントを参考に、皆さんも自己発見プロセスのストーリーテリング、実践してみませんか?
リップシャッツ信元 夏代
ブレイクスルー・スピーキング 代表
ニューヨークを拠点とする事業戦略コンサルタント、プロフェッショナルスピーカー、グローバルプレゼンコーチ。
早稲田大学商学部を卒業後ニューヨークに渡り、伊藤忠インターナショナルの鉄鋼、紙パルプを経てニューヨーク大学でMBA取得。マッキンゼーでコンサルティングの経験を積み、起業。国際スピーチコンテストではニューヨークの強豪を勝ち抜いて地区大会5連覇、TEDx Talksへの登壇などを経てプロスピーカーに。全米で異文化コミュニケーションの基調講演登壇をしている。2021年6月には全米プロスピーカー協会ニューヨーク支部初のアジア人理事に就任。
戦略コンサルならではの分析力と現役プロスピーカーならではの実践力で、企業トップから起業家まで、文化や言葉の壁を越えて相手を動かすプレゼンを指導している。