親友の豹変に苦悩
その同級生は、学生時代Sさんと同じ部活に所属。先日、部活の同窓会があり、Sさんの羽振りがよくなり、宝くじでも当たったのではと噂されるぐらい、人が変わったようだったと聞きました。Tさんは嫌な予感が拭えず、Sさんに真相を聞きたいと、連絡をとりました。
Tさんは、住宅ローンや教育資金の話をSさんに聞いたところ、順当に返済しているとのこと。ただ、その分自分の使えるお金に余裕ができ、金遣いが多少荒くなったといいます。
TさんはSさんに噂が出ているから、自重したらどうかと伝えたところ、Tさんは「当たったことを黙ってほしければ、もっと金を貸してほしい」といいだしたのです。
これにはTさんも憤り、「お金は住宅ローンと教育費のために貸したもの。そんな大金を返せるのか」と問い詰めたところ、金を貸せないなら、みんなに宝くじが当たったことを話すだけだと、脅してくる始末。
Tさんの決断
Tさんが頑なにお金を貸すことを拒んだことで、数年後、Sさんは自己破産に陥ります。これにもまた、Tさんは大きなショックを受けました。お金がSさんを変えてしまったことに落胆し、自分が親友を破綻させてしまったという罪悪感に苛まれます。
もうどうしていいかわからなくなったTさんは、ついに事のいきさつを妻へ打ち明けました。妻はただ黙って話を聞いていましたが、やがて口を開きます。
「もうこんなお金全部手放そう。なんでも買えても家族が幸せでなくちゃなんの意味もないよ」
思ってもみなかった妻の提案にTさんは狼狽えました。
「いやいや、1億5,000万円だよ。このお金があれば生活を楽にできるし、Sのことだって救うことができる。全部済んでもお釣りがくるよ」
「なかったものと思おう。これまでなくても暮らしていけていたし。もともと口数少ないタイプだけれど、ここ数年のあなたは心ここにあらずなことが多くて、なんだか違う人みたいだった。……Sさんのことも、お金は渡さないほうがいいと思う。あなたが関係を修復したいと思っているなら。本人にお金をきちんと返してもらったら……もしかするとおじいさんになったら許せるようになるかもしれないよ」
妻の話に納得したTさんは、当選金を全額寄付することにしました。
これもまた妻の提案ですが、もともとTさんは、住宅ローンと子どもの教育費は宝くじに頼って今後のマネープランを考えていたため、その見直しをするのに、FPに相談することにしました。
Tさんが全額寄付したことを知ったSさんもいまは後悔し、Tさんに謝罪して、何年かかってもお金を返すといってくれています。
Tさんは、「宝くじは夢をみているだけでよかったのだ」と痛感したのでした。
夢が現実となったとき
今回、大金を手にしたTさんでしたが、長年の親友との関係性の修復はまだまだ時間がかかるでしょう。唯一無二の親友だったSさんから放たれた言葉は、Tさんを突き落とすには十分でした。これがもし反対に、Sさんが当選していた場合、どうなっていたのか、想像するだけで震えてしまいます。夢が現実となったとき、自分だけでなく周りも変わってしまう可能性があり、現実を受け止める強い気持ちを合わせ持つことが必要です。
また、宝くじに当選すると、1,000万円以上の高額当選者に対して、「その日から読む本」という冊子が配布されます。この本には、当選者が参考にできる具体的なアドバイスが書かれています。こうしたアドバイスがあっても、なかなか思うように活用できない人が多いため、夢が現実となった高額当選者が不幸になることが多いのかもしれません。
平凡な暮らしをしている人が突然大金を手にして、金銭感覚を保つことは確かに難しいことでしょう。しかし、日ごろからお金に関する正しいリテラシーを身につけておくことで、アドバイスを適切に活用できる可能性が高まります。慌てず専門家に相談することも念頭においておくことも重要です。
三藤 桂子
社会保険労務士法人エニシアFP
代表