「結婚したい」と言い出す父に娘は…
老人ホームに入居して3年が過ぎたころ、長女のKさんが面会に行くとYさんが「報告がある」と切り出しました。長女のKさんは「ガンが見つかった話だろうか」と身構えましたが、Yさんが切り出したのはまったく別の話でした。
「お父さん、結婚しようと思う」
最初は、認知症が進んでいるのかと思いましたが、話をよく聞いていくとどうやら本当のことらしいのです。お相手の女性は同じ老人ホームに入居していて、食事やレクリエーションのときによく顔を合わせる方のようです。10年以上前に夫と死別されていて、子供さんが同じく3人いるとか。夫は開業医として成功された方だったとのこと。
高額な老人ホームであるだけに、入居者同士の生活環境や経済状況、価値観が似ているのでしょう。「2歳年上だけど、すごく可愛らしい方なんだ」と父親はすっかりその気になっているようです。
「結婚とかそういうことを自分一人で勝手に決めるのはよくないよ」と長女のKさんはまずたしなめました。
「なんだ、昔の人みたいなことを言って。個人の自由だろう」とYさんは少し不機嫌になりました。
Kさんはなぜか、心のなかに恥ずかしさのような憤りのような、言葉にできない感情が湧きあがってくるのを感じました。とりあえずKさんは弟と妹も同席させ、家族4人で話し合いましょうということにしました。
長男のTさん、次女のSさんに事の次第を伝えると、次女のSさんは長女よりもより衝撃を受けたらしく、怒ってしまいました。「いい年をしてなんていやらしい! まだ女遊びをしているの! 施設の人にも恥ずかしい!」と怒りの言葉が収まりません。
次女は22歳のときに実の母親を亡くしています。実家で暮らしたのは高校3年生までであるため、「母親」という存在のポジションは儚く美しい記憶なのです。そこを父親がかき乱そうとしてくるように感じたのでしょう。「あのスケベオヤジは許せないし相手の女も許せない」と罵詈雑言が止まりません。
長男のTさんは特に感情を乱さなかったようですが、やはり快くは思っていないようです。「お相手の家族も困惑するだろう。結婚するということはお互いが法定相続人になるということだからね。お互いの家族にとっては、誰かよくわからない人が一番大きな法定相続分を持つということだよ。迷惑過ぎると親父に言えば考え直すだろう」
そして数日後、子供3人で父親に会って話し合いを持ったところ、意思はまったく変わらないようでした。それどころか「家族とはいえ、他人の人生に指図する権利はないだろう」と怒ってしまいました。「もうお前らは会いに来なくていい。弁護士と相談して遺言書は書き換える」とまで。
次女はそれを聞いて激昂。もう来ないと言い捨てて帰ってしまいました。
「親父の好きにしてもらってもいいんだけど、相手のご家族の意向も聞いておくべきだと思うよ」と長男が言ったところ、父親は「お前に言われなくてもわかっている」と吐き捨て自室に戻っていきました。
施設職員に長女が相談したところ、施設では2人の様子は把握しているとのこと。しかし「ほかの利用者の前で見せつけるような行動はしない」という約束であれば、恋愛は認めているようです。