不動産の相続をする際、相続税をできる限り抑えたいと思っている人は多いでしょう。しかし、不動産相続について正しい知識がなければ、節税に走った結果、思いもよらぬ事態に発展するケースも……。本記事では、Aさんの事例とともに、不動産相続の注意点について、株式会社アイポス代表の森拓哉CFPが解説します。
年金17万円、父を亡くし豹変した76歳母を「老人ホーム」へ入居させるも…「実家」をめぐって50代の息子ふたり、疲労困憊のワケ【CFPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

使わなくなった実家を売却しようするも…

無事に老人ホームへの入居ができてほっとしたのも束の間、Aさんが他界してわずか1年、実家は早々に誰も使わないものとなってしまいました。

 

息子たちももう誰も住んでいないからと、売却に向けて動き始めますが、Bさんの状況を不動産業者に伝えると決していい顔色をしません。

 

なんとか打ち合わせに母親を同行させても、母親は口数が少なく、黙ってしまってほとんどなにも言わないのです。長男、次男ともに忙しく過ごしており、老人ホームに入所してしまった母親を不動産取引の交渉現場に同行させるのは決して簡単なことではありませんでした。

 

不動産業者に電話で確認すると、司法書士も取引に難色を示していることが声から伝わってきます。なんとか実家を売却できないか、Bさんに法定後見人をつけるしか売却の方法がないのか、いい案が浮かぶことはなく時間ばかりが過ぎて、実家は長らく空き家の状態が続いてしまったのでした。

Bさんと息子たちはどうすればよかったのか?

子供たちが離れて暮らしているというのは珍しいことではありません。日々のタイムリーな状況を正確に把握することはそう簡単なことでもないでしょう。また、Aさんが遺した遺言書も間違いはなく、家族への愛にあふれるものです。Aさんのお陰で揉めごともなく手続きもスムーズでした。ではどうすればよかったのでしょうか?

 

ここで一番大切なことは、Aさん他界後に妻であるBさんがどのように暮らしをしていくのかを家族ぐるみで丁寧に話し合う時間が必要だったのではないかということです。

 

もしAさん他界後に、子供たちがBさんの異変にいち早く気づけたのであれば展開は違っていた可能性があります。後々の不動産売却に向けて、遺言書をそのまま執行するのではなく、遺産分割協議を改めて行い、不動産売却をスムーズに行えるように子供たちが相続するという方法も選択肢としてあったかもしれません。

 

相続税の節税にはなりませんが、それでも不動産が売却できずにズルズルしてしまうよりはまだいいという判断もありえます。

 

相続周辺の不動産にまつわる節税策には、小規模宅地の特例以外にも、マイホームを売却した時の最高3,000万円が控除できる特例、空き家売却時の3,000万円の控除の特例なども挙げられます。いずれも節税効果が高いため、それを前提に考えたくなる気持ちは理解できるのですが、そもそも売却の手続きをして、特例の活用をすること自体に労力が必要なのです。

 

まして高齢となったBさんであればなおさらです。自動的に、勝手に、楽に節税ができるわけではないのです。離れて暮らす子供たちが、認知症気味のBさんが不動産売却の手続きをしたうえで、Bさんの確定申告までサポートするというのも相当な労力が必要です。すべての節税策を活用して、Bさんの生活設計を滞りなく成り立たせるということ自体に無理があるともいえるでしょう。

 

Aさん亡きあとにすべきことは、まず残された家族が、Bさんの気持ちや健康状態をよく見極めてどういう生活をしていくのが、Bさんや息子たち家族にとってストレスがないか、思い残すことなく生ききる人生になるのかしっかりと状況を見極めることではないでしょうか。

 

それぞれの人生設計を考えたうえで、使える節税策を検討していくというのが正しい順番と言えるのではないかと思います。

 

※本記事は、実際にあった出来事をベースにしたものですが、登場人物や設定などはプライバシーの観点から変更している部分があります。また、実際の相続の現場は、論点が複雑に入り組むことが多々あり、すべての脈絡を盛り込むことは話の流れがわかりにくくなります。このため、現実に起こった出来事のなかで、見落とされた論点に焦点を当てて一部脚色を加えて記事化しています。

 

 

森 拓哉

株式会社アイポス 繋ぐ相続サロン

代表取締役