おしどり夫婦、45年連れ添ったのちに夫が他界
Aさんと、6歳年下の妻のBさん夫婦は、Aさんの退職後大きな不自由なく老後を過ごしていました。Aさんは地方公務員を定年退職、Bさんも地元の小さな会社ながら総務担当として長年勤務していたため、年金はふたりあわせて月に29万ほど受け取っており、お金には特段困ることがありませんでした。
Aさん、Bさん夫妻には50代の2人の息子がいましたが、それぞれ転勤族で忙しく過ごしており、あまり実家に帰ってくることはありません。
Aさんは80歳となった節目に、先々のことを考えて遺言書を遺すことにしました。Aさんは5,000万円の金融資産と、自宅の評価は土地と建物を合わせて3,000万円、合計8,000万円の資産をお持ちです。相続税のことも気になっていたAさんは税理士に、相続税の節税になる遺言書を遺すにはどういう内容にすればいいかを相談しました。
税理士からの回答は、
「小規模宅地の特例と配偶者の特例の活用を見越して、自宅と一定の金融資産を妻であるBさんに相続させれば相続税の心配はほとんどなくなるでしょうね」
というものでした。
配偶者が相続をする場合には、一定の金額までであれば、相続税がかからない特例というものがあります。小規模宅地の特例とあわせて、相続税の節税をする際によく使われる特例のひとつです。
これを聞いたAさんは早速に公証人役場に赴き公正証書遺言を準備しました。自宅と預金のうち1,500万円ほどを妻のBさんに相続させることにしたのです。
2人の息子にもこの方針を伝えましたが、なかなか実家に帰ってこれない人の息子ともに特段の反対意見を言うことはなく、「お父さんのしたいようにすればいいよ。相続税も大してかからないみたいだしね。いいと思うよ」と応じました。
いざ相続が発生してからの思いもよらぬ展開
遺言書を遺したAさんはその2年後の82歳で他界しました。Aさんの遺言書は執行され、自宅の名義はBさんのものとなりました。Bさんが76歳のことです。多少の相続税を2人の息子は払ったものの、特に争いもなく、遺言書があったお陰で手続きもスムーズに進んでいきました。
ところがAさんが亡くなってからというもの、Bさんにある変化が起きます。コロナ禍もあり、外出を極力控えて家の中で過ごす時間が増えていたBさんは極端に老け込んでいました。物忘れがずいぶん激しくなり、他人と関わるとヒステリーになりやすく、また、もとから用心深かったBさんは、他人の言葉を信用しようとしなくなっていました。
Aさん他界後、とりあえず一人暮らしを始めたBさんでしたが、生活をしていくうえでの異変が一気に顕在化し始めます。
長男が、Aさん他界後に実家の片付けに赴くと、部屋の中には誰が見てもガラクタとしか思えないものばかりがため込んであります。どうもBさんが拾ってきたもののようです。
また長男が玄関先でご近所さんとあいさつを交わすと、「言いにくいんですけど……実はねBさん、ごみの日を守ってくれないんですよ。毎日のようにゴミを出していて……迷惑しています」離れて暮らしていた息子たちは気づいていなかったのですが、Bさんは明らかに認知症の症状が進んでいたのです。
このまま一人暮らしを実家で続けることはできないと判断した息子たちですが、一緒に暮らすのは仕事の関係でできません。Aさん他界後のドタバタのなかではありましたが、地域包括支援センターに赴き介護認定も受けたうえで老人ホームを探しました。
Aさんが亡くなって以降、遺族年金という形になりBさんの年金収入は月17万円程度に減っていましたが、金銭的にも無理のない範囲の費用で入れるホームが見つかり、なんとか無事に入居へこぎつけることができたのでした。