現役時代の生活を維持すれば、3年で底をつく退職金
それもそのはず、中小企業の定年退職者が受け取る退職金1,091万円というのは、平均的な大卒・中小企業サラリーマンの引退時月収の約25ヵ月分。総務省『家計調査 家計収支編』によれば、年収600万~650万円の世帯の月の消費支出は27万6,748円ですから、現役時代の生活を維持しようとすれば3年と少しで使い果たしてしまう金額です。
上記、一般社団法人 投資信託協会の調査では、退職金の使い道として5番目に「資産運用のための金融商品の購入」がランクインしており、また、「初めて投資をした年齢」として2割近い人が「60代」を挙げています。受け取った金額をみてあれこれ計算した結果、「意外に早くなくなってしまうのでは」という事実に気づき、であるならば、これを使ってしまうのではなく、「種銭」として賢く運用し、少しでも増やしたいと考える人が一定数いると推測されます。
ただ、運用で利益を挙げるのは容易ではないことは周知の事実。金融商品を選択するには一定程度のリテラシーが求められますし、ときには、投資家としての「勘」が求められる局面もあります。ビギナーズラックで儲かることもありますが、それがいつまでも続く可能性は限りなく低いでしょう。
実は、投資デビューを果たしたばかりの人が失敗に陥るまでには、王道ともいえるいくつかのパターンがあります。
まずは「営業マンの勧誘を鵜呑みにする」というもの。
退職金の受け取り口座がある銀行から、「退職金を受け取った方のみに案内できる商品があります」「いまは相場が良いので、預貯金で置いておくのはもったいないですよ」等のセールスを受け、提案を鵜呑みにしてしまうのは危険です。
金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査]』(令和3年)によると、投資において「元本割れ」の経験がある人は37.9%。その理由をどう分析するか聞くと、「相場の変動によって元本割れするリスクを金融機関が十分に説明しなかったためだ」が4.7%、「著しい誤解を招く広告、勧誘を金融機関から受けたためだ」が3.6%。また「金融機関の説明」を理由に挙げている人は、60代では6.6%となっています。
金融機関には「売りたい商品」というものがあります。それは往々にして、手数料の高い商品。必ずしも投資家のメリットを最優先に提案してくれるとは限らないのです。どんなに魅力的なセールスであったとしても、商品性やリスクを理解できないのであれば投資をしないのが鉄則です。
また、「全額を1商品に集中投資する」行為もご法度です。
金融広報中央委員会の調査によれば、金融商品の選択基準として「利回りが良いから」を挙げている人は60代で16.4%、70代では15.8%に上ります。多くの人が余裕資産で高利回りの商品を購入していると考えられますが、上のように「現預金で置いておくのはもったいない」などと強気のセールスを受ければ、すべてのキャッシュをリスク商品の購入に充ててしまいたくなるのも仕方ないでしょう。
ただ、投資の鉄則は「分散」。手元資金を1カ所に投じるのではなく、株式や債券、投資信託といった複数の資産に分けて運用・管理を行うことが、リスクを分散し、リターンの最大化につながることを忘れてはいけません。
そして最後に、「5倍・10倍といったリターンを狙ったハイリスク商品への投資」です。
上にみた「集中投資」に似た投資行動ともいえますが、「退職金が思ったより少ない」「これでは年金受給開始前に底をついてしまう」と焦り、株の信用取引やFX、暗号資産などのハイリスクな投資で「一発逆転」をめざそうとする投資家は少なくないようです。
しかし、十分な投資経験や金融リテラシーのない投資家が、元本の何倍ものレバレッジをかけて大きな取引に挑戦したところで、利益を得られるどころか、取り返しのつかない損失を被ってしまう可能性が高いのが現実。「そんなに簡単に儲かる訳ないか」と早い段階で気づき、ローリスク・ローリターンの商品から、徐々に経験を積んでいくことが重要といえそうです。
退職金としてまとまった金額を受け取ったものの、それが意外と少ないことに焦り、「運用して増やそう」と思い立って始めた投資で失敗をおかすというケースについてみてきました。定年退職を迎えてから慌てないために、計画的に貯蓄を行っておくことが重要なのはいうまでもありませんが、安定収入があり、余裕資金を確保しやすい現役時代のうちから、投資家としての経験を積み、リテラシーを育んでおくことも、また重要なのかもしれません。