経営者であれば、いずれ考えなければならない「後継者問題」。日本では後継者不足による倒産が相次いでいます。一方で、なかには後継者が見つかっても、相続に間に合わないというケースもあるようで……。本記事は、Aさんの事例とともに、中小企業の事業継承の注意点について、株式会社アイポス代表の森拓哉CFPが解説します。
老舗工務店を営む「仲良し金持ち家族」だったが…遺された自社株3億円・預金4,000万円をめぐり大揉め。「享年71歳・亡き先代」の嘆き【CFPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

日本における中小企業の事業継承の実態

令和4年の中小企業庁事業承継ガイドラインによると、中小企業の数は357.8万件あり日本企業の99%を占めています。中小企業は、地域経済や地域社会を支える存在として、また雇用の受け皿として、非常に大きな役割を担っています。

 

そんな地域社会の担い手の中小企業ですが、経営者の交代が上手く進んでいるかというと、ガイドラインではそう上手くは進んでいない現実が浮き彫りにされています。

 

経営者の交代率は1990年~1994年にかけて平均4.7%ありましたが、2016年~2020年にかけて平均3.8%に落ち込んでいます。交代率が低い結果、経営者の平均年齢は高齢化が進み2000年に経営者の年齢の中心層が50~54歳であったものが、2015年には65歳~69歳となり、経営者が交代したくてもなかなか円滑にはできていない現状が浮き彫りになっています。

 

仮にうまく後継者がいたとしても、そこからさらに課題が生じます。中小企業の社長は社長の人柄や人脈、その手腕に仕事が集まっているところがあり、二代目はそのレガシーを引き継ぐことに苦労します。

 

また、会社資産の承継つまり株式の承継も大きな課題です。会社が成長した結果、自社株式の評価額が上がり、多額の相続税や贈与税が必要になることがあります。自社株式そのものに換金性はありません。

 

事業承継ガイドラインによると、後継者には資金力が不足していることが多く、場合によっては会社財産が後継者の納税資金に充てられることもあります。この場合、事業承継直後の会社に多額の資金負担が生じることとなり、事業承継の大きな障害となっているとされています。

 

このように事業承継にはさまざまな課題があり、経済や社会の大きなテーマとして取り上げられることもあります。しかし、事業承継は特段意識せずとも、今日、明日の仕事をまわしていくうえではたちまち困るということがなく、課題を先送りにしがちです。

 

ここでAさんの家業とその後継者Bさんの事例を通して、事業承継の課題のひとつの側面を見ていきたいと思います。

父から引き継いだ工務店の二代目、70歳を目前に運よく後継者が見つかるも…

Aさんの家業は工務店、Aさんの父親は戦後まもなく大工として仕事を始めて、徐々に事業の規模を拡大していきます。

 

ところが、昭和50年Aさんの父親はハードワークもたたってか心筋梗塞で急逝。30歳になり結婚して間もないAさんでしたが、父親の急逝があったとはいえ、父親の汗水流しながらの仕事の発展を見てきたAさんにとって、「やるしかない」と事業承継をすることの覚悟を決めるのに時間はかかりませんでした。

 

事業規模が大きくなっていたことから、承継してから間もなく1,000万円を出資して法人化します。法人化の決断には、同じ高校を卒業した2つ年上の先輩、個人で税理士事務所を開業した顧問税理士の後押しもあったようです。

 

Aさんはこのころに子宝にも恵まれて、女の子2人を授かりました。仕事は苦労の連続でしたが、Aさんと同世代の第二次ベビーブーマー世代がマイホームの建築ラッシュしたことが追い風ともなり、事業はその後も拡大して、年間売上20億円、社員数40名ほどへと順調に成長していきます。子ども達も順調に成長し、やがて結婚してそれぞれに家庭を持ちました。

 

Aさんが事業を承継して30年以上の月日が流れました。70歳が近付くにつれ、Aさんも自身の引退や後継者について少しずつ意識し始めます。

 

Aさんの長女と結婚したBさんは20年ほど前にAさんの会社に入社して、Aさんのことを支えてきました。20年間真面目に働いてきた実績を考えて、AさんもBさんに白羽の矢を立てます。

 

BさんはAさん家族とは対照的に、男3人兄弟の三男坊で、実家を継ぐ必要がないこともAさんの背中を押しました。Aさんからの「うちの家業を継いでくれないか。できたら養子縁組もしてくれると私は嬉しい」という頼みに応じることになります。こうして、BさんはAさんにとって、理想的な後継者へと育っていくのでした。