▼帝都銀行
窓口「いらっしゃいませ」
老練工房「すみません、『手形』を買い取ってもらいたいのですが……」
窓口「はい、手形の現金化ですね」
窓口(くふふ、いいカモが来た! 一般庶民は会計に弱いからな。実際よりも安い金額を渡して、差額は私のポケットに入れてやろう!)
窓口「では、手形を拝見します。額面金額80万G、支払期日まで20日間ですね。この場合、手数料は──」
女騎士「待て。まずは、この銀行での手形の割引率を教えて欲しい」
窓口「!?」
女騎士「どうした? もっと上の人間に訊かないと分からないか?」
窓口「い、いえ。そういうわけでは……」
老練工房(姉ちゃん、手形の『支払期日』ってのは何だ?)
女騎士(売掛金や買掛金は、たとえば月末とか、特定の期日までに支払われるだろう? 同じように、手形にも支払いの〆切が決められているのだ)
老練工房(額面金額ってのは?)
女騎士(〆切日に支払われる金額のことだ)
窓口「と、当行では割引率7.3%で手形を買い取らせていただいています」
老練工房(割引率ってのは?)
女騎士(手形は、〆切にきちんと支払われる保証がない。たとえば事故や災害で王立商会が倒産したら、王立商会宛ての受取手形は紙くずになる)
老練工房(つまり手形にはリスクがある、と)
女騎士(そう、リスクがある。手形を銀行に売るときは、そのリスクのぶん安い値段で買い取ってもらうことになる)
老練工房(俺も言葉だけなら知っているぜ、『リスク・プレミアム』ってやつだな)
女騎士(どれだけ安くなるかを示したものが『割引率』で、年率の数字だ)
女騎士「つまり、割引率7.3%で……残日数が20日だから……えーっと、えーっと…」
老練工房「姉ちゃん、暗算は苦手か……?」
窓口「お客さま、そのちり紙は印鑑のインクを拭くためのものですが……」
女騎士「う、うるさい! 筆算しないと分からないのだ。話しかけないでくれ!」
カキカキ……
女騎士「ずばり手数料は3千200Gになるはずだ!」
窓口「ちっ」
女騎士「なんだ、今の舌打ちは」
窓口「い、いえ……。では、手数料3千200Gを差し引いた79万6千800Gで、そちらの手形を引き取らせていただきます」
女騎士「やった! 現金が手に入った!」
老練工房「これで注文の品を作れる!」
女騎士「ホッとしたのだ……」
老練工房「今のも簿記の知識なのか?」
女騎士「そうだ。手形を銀行に売ることを、簿記では『手形を割り引く』という。仕訳はこんな感じだ。BSの借方から受取手形を減らし、代わりにBSの借方に現金、PLの借方に手形売却損を加える」
老練工房「手形売却損ってのが、手形を売ったときの手数料だな」
女騎士「そうとも。計算方法はこんな感じだ。この計算方法を覚えておけば、銀行の窓口担当者にちょろまかされる心配はないぞ!」
▼工房
工房長「この現金があれば、材料を準備できます!」
老練工房「最高の指輪を作ってやってくれ。何しろ恋のゴールだからな!」
女騎士「前から気になっていたのだが、鯉のグールなんて魔物は知らないぞ? その指輪を装備すると有利に戦えるのか?」
老練工房「魔物?」
工房長「そもそも指輪など注文されていませんよ?」
老練工房「はあ? じゃあ銀行家さんの結婚はどうなるんだ!」
女騎士「銀行家さんの血痕!?」
老練工房「たしかに結婚は地獄の始まり、なんて言葉もあるが……」
女騎士「地獄だと! 鯉のグールはそんなに危険な魔物なのか!?」
老練工房「指輪じゃないとしたら、いったい何を注文したんだ?」
工房長「守秘義務です。帰り道にも絶対に開封しないようにと仰せつかっていますよ」
女騎士「相手が危険な魔物なら、用心するに越したことはない」
老練工房「たしかに恋は魔物と言うがなぁ……」
女騎士「危険か?」
老練工房「危険だ」