9,500万円の二世帯住宅の購入を決断
EさんとKさんの夫婦はさっそく土地探しと住宅メーカー探しに着手。母親のための予備のキッチンとトイレ、居室も希望として伝え、各メーカーに設計してもらいました。やはりそのぶん建物が大きくなり、広い土地も必要です。
土地に費用が大きくかかるため資金計画は9,500万円となりました。2,000万円を自己資金として入れ、住宅ローンは7,500万円となる予定です。毎月の返済額は19万4,000円。いま住んでいる築28年のマンションの家賃が20万円であるため、むしろ安くなります。ただしこれまで職場まで自転車で通えたものが電車で30分+徒歩10分となるのがネックです。ともあれ、この計画で進めていくことで夫婦で決めました。
問題は実家の処分です。岩手県の郊外にあるため買い手がつくか不安でしたが、不動産業者が欲しいと申し出てくれました。250坪ある敷地に建売住宅を4棟建てて販売するらしく、自宅の解体は業者が負担してくれるとのこと。そのうえで800万円という値段がつきました。即答はしませんでしたが悪い話ではありません。母の老後資金になります。
FPからの厳しい助言
最終的にこれで行くつもりでしたが、念のためFPに相談することに。ところがそこで意外なことを告げられます。
「9,500万円の資金計画は世帯年収から決して無理があるわけではなく、安全に払っていけると思います。貯蓄の習慣も確立しているので、子供の教育費も大丈夫でしょう。退職金も2人で5,000万円が見込めるため十分です」
ほっとする2人。しかし、FPは続けます。
「お母さんを岩手から引っ越しさせることのリスクを十分に検討しましたか? あまりにも生活環境を変えすぎです。地元での友達付き合いから引きはがし、慣れない環境に晒されると、体調を崩すケースが多いです」
妻のEさんは、「そんな大げさな」と思うだけでした。ネット記事では親との「近居」を勧めるものも多く、自治体が勧めているケースもあります。近居とは、親にスープの冷めない距離に引っ越してきてもらい、助け合って暮らすという意味の言葉です。親と子の両方にメリットがあることが強調されています。Eさんの場合は近居ではなく同居ですが、同じようにメリットがあると思っています。それに、これしか母の面倒を看る方法がありません。しかしFPは、最近多い「近居のすすめ」は無責任な机上論だといって賛成しません。
「お母さんの生活環境を変えるのは勧めません。もしお母さんが健康を壊したら、本来問題なかったはずのご夫婦のライフプランが崩壊していく危険があります」
それでも妻のEさんは「参考にしておきます」とだけ答え、計画を進めることにしました。Eさんはこのときまだ「体調を崩す」の意味が理解できてなかったのです。
実家の断捨離で早くも混乱...
その後、無事新築の住宅が引き渡され、母親の引っ越しを計画する段階になりました。売却する予定の不動産業者とはまだ売買契約を交わしていなかったものの、まずは実家のなかを空にしなければなりません。しかし実家のなかはおびただしい荷物の山です。亡くなった父親の衣類もそのまま残っています。料理好きだった母親が収集した食器も大量にあります。新築した家の収納スペースは限られているため、ほとんどのものを処分する必要がありました。
それを母親は最初こそ理解しているように感じていたようですが、一向に片付けが進みません。「これは捨てられない」「これはお父さんの思い出」「これは子供たちの思い出」などといい、捨てるものがほとんどない状態です。Eさんの姉が小学生のときに履いていた靴下まで捨てられません。
Eさんが有給休暇を取って何度か帰って来ても、まったく進んでいませんでした。思い出を大切にしたい母親の気持ちはわかるのですが、もう捨てるしかないのです。Eさんは焦りと苛立ちから、ついついきつい言葉をぶつけてしまいました。深夜に母親が居間に座り、ひとり泣いているのを見て、Eさんは実家の片付けと売却を断念することにしました。
しばらくのあいだ、実家は空き家にしたまま。ころあいを見て片づけることに。そのあいだも固定資産税と火災保険という維持費がかかります。近所に迷惑をかけないように、台風や大雪のたびに実家の様子を見に来なくてはいけません。これは想定外の出費となりそうです。