住宅購入を検討する3人の子供を持つ42歳・シングルマザー
<事例>
Aさん 42歳
年収480万円(昇給、ボーナス、退職金なし)
貯蓄700万円
クリニック勤務の看護師
元配偶者からの養育費なし
子ども3人(14歳長女、12歳長男、10歳次女)
Aさんは42歳の看護師です。3年前に元夫と離婚し、シングルマザーとして子供3人を育てています。
元夫は重い精神疾患を患い、「子供達の足手まといになるから離婚してほしい」と言いました。「病気だから離婚するなんて薄情なことはできない、今後も支えていきたい」とAさんは言ったのですが、元夫の離婚への意思は固く、覆ることはありませんでした。入退院を繰り返し無職となったため、当面の養育費の支払いはありません。おそらく今後も期待できないと考えています。
Aさんは現在家賃7万円のアパートで暮らしています。年頃になった子供達には個室がなく、プライバシーが守られていない状態。窮屈な環境できょうだい喧嘩も多く、いらだっているのがわかってAさんはつらくなっていました。
「マイホームを買うことはできるのかな……」とAさんが考えるようになったのは、そんな事情からでした。しかしAさんには住宅の知識はまったくありません。建売住宅と注文住宅の違いすらわかりませんでした。住宅ローンという言葉は聞いたことがあるけれど、どこで手続きするのかさえわかりません。
住宅メーカーの広告「シングルマザーでも家が買えます!」
ネットで検索しているうちに、Instagramにも住宅の広告が表示されるようになりました。そのなかのひとつにこんなコピーを見つけたのです。
「シングルマザーでも住宅ローンが借りられました!」
リンクを辿ってみると、年収350万円のシングルマザーが1,800万円の住宅ローンを借りて家を買えた、という内容の、体験談のような広告でした。希望を持てる体験談に、「これなら私も家を買えるのでは」と歓喜し、勢いのままに問い合わせフォームから資料請求をしました。すぐに営業マンから連絡があり、生まれて初めて住宅メーカーを訪問することに。
担当者は23歳で大学を卒業したばかりの若い営業マンでした。こちらの事情や要望を話す前にいきなり銀行の審査用紙に記入させられたり、税金の滞納はないかと質問されたり、少々失礼を感じましたが、そういうものなのだろうと思って初回の面談は終了。
2回目の打ち合わせのときに、銀行の審査は2,000万円でOKが出たことを告げられました。そして営業マンがファイナンシャルプランナーを紹介してくれて、2,000万円の予算で返済していけるのかを簡単に計算し「大丈夫、返していけます」と断言しました。しかしなぜ大丈夫なのかAさんにはよく理解できません。そのうえ、ファイナンシャルプランナーは変額保険の勧誘を熱心にしてきます。月2万円もの保険と聞いてびっくりしましたが、「老後資金を貯めるために絶対必要です」と強く勧めてきます。
なんだか不信感が強まってくるなか、Aさんが住宅営業マンに言いました。
「ところで、私の家はどのような家で2,000万円という予算になるのでしょうか」
実際の図面もなく、お金の話だけが先行していることに次第に苛立ってくるAさん。営業マンはAさんがどのような生活を希望しているのか、どんな家族構成なのか一度も質問しないまま、またいきなり間取り図と見積書を見せてきたのです。それによると延床面積28坪の2階建て、子供部屋はふたつしかありません。
「子供が3人いるのですが」とAさんが言うと「次回作り変えておきます」と営業マンが軽く言いました。
見積書の内容は細かい項目にわかれていましたが、なにがなんなのか理解できません。しかしどうやら土地は350万円でかなりの郊外にあるようです。建物は1,400万円、諸費用として250万円と書かれてありました。これが妥当なのか、なにか問題があるのか、まったく理解できないAさんでした。
「次回の打ち合わせで契約するかどうかを決めてください。詳細はそのあとでも変更できますので」
そう営業マンが言いました。あっけにとられたAさんはつい言ってしまいました。
「商談の仕方が雑過ぎません?」
別のファイナンシャルプランナーに相談
住宅メーカーでファイナンシャルプランナーを紹介されていたAさんでしたが、あらためて自分で探したファイナンシャルプランナー事務所に相談してみました。
「雑な商談をする営業マンでむしろよかったかもしれないですね」
状況を聞いたファイナンシャルプランナーがそう言いました。
「もしベテランの営業マンだったらそのまま2,000万円で家を買っていたでしょうから」
そのファイナンシャルプランナーが改めて計算したところ、次のようなことを指摘しました。
・年収に対して2,000万円の借り入れは審査OKであるのは間違いない
・子供3人を大学進学させたいというAさんの希望を考慮すると、奨学金を一部借りたとしても住宅ローンの返済は不可能になる
・現在の預貯金は700万円あるが、子供の年齢と人数にたいして学費の準備ができていない
・シングルインカムの世帯なので、万が一Aさんがケガや病気などで長期間仕事を休むことになった場合、家計は崩壊する
結論として、現時点では家を買うべきではない、というものでした。驚いたAさんはファイナンシャルプランナーに質問します。
「現在のアパートの家賃が7万円、住宅ローンの返済額は月に5万3,000円です。家賃よりも住宅ローンの返済額のほうが安くなるのですが、それでも買うべきではないのでしょうか」
「住宅を購入したあとは、住宅ローンだけではなくさまざまな維持費がかかります。三大疾病団信の上乗せ利息、固定資産税、屋根外壁の塗り替え、エアコンなど設備の交換、防蟻、火災保険、それに光熱費もアパートより高くなります。家賃との差額は1万7,000円ですが、これは維持費で簡単に埋まってしまいます」
「住宅メーカーの広告には、家賃と同程度の返済額とうたっていますよね」
「間違いではありません。月の返済額は確かに家賃よりも低く同程度以下です。しかし総支払額が家賃以下というわけではありません」
いまは家を買うべきではないとファイナンシャルプランナーは強調します。このままでは子供は多額の奨学金を借りなければならず、そのことによって将来経済的な問題が起きることがありえます。高収入が期待できる職業に就職できればいいものの、日本経済の先行きは不透明です。収入を優先した就職活動はプレッシャーもあり、自分がやりたいこと、やりがいを感じることができなくなるかもしれません。
一方で、Aさんが安全に住宅ローンを返済し、子供の教育費も両立させるとしたら、世帯年収は約700万円必要という計算です。現在の年収が480万円なので、220万円の収入アップということです。それを聞いたAさんはまた驚きました。
「また総合病院に就職し夜勤をしたら不可能ではない収入だとは思いますが……」
Aさんはかつて総合病院に勤務していましたが、夜勤と子育てが両立できなくなりクリニックに転職した経緯があります。当時は元夫と協力していましたが、シングルとなったいまではより困難のように思えます。しかし700万円あれば住宅が買えるのであれば、考えてみる価値はあります。Aさんはこう言います。
「転職するとしても年齢のタイムリミットはあるし、子供を抱えて夜勤をすることで子供といる時間が奪われることになります。下の子どもが中学生になったら考えてみてもいいかもしれません」
Aさんのその後
Aさんは子供部屋を確保するために、いまは戸建ての賃貸物件を借りることにしました。家賃は2万円ほど高くなりますが、新築の家を買うよりもリスクが低く、無理なく支払っていけそうです。住宅も、そこでFPに勧められた変額保険も、断ることにしました。
数年後に転職した場合、あらためて住宅購入を検討する予定です。ローコスト住宅を含め、もう少し予算に余裕が出るはずです。いまは貯蓄を増やし大学進学に備えることが優先です。また、Aさんの年齢的に、これから新しいパートナーと出会うかもしれませんし、再婚という選択もいずれあるかもしれません。そうなったら家の間取りはまったく違うものになります。焦らず、数年かけて考えても損ではありません。