「離れて一人暮らしをしている高齢の親が心配……」といった理由で、二世帯住宅での同居を考える子世代は少なくありません。確かに子世代にとって、高齢の親は一緒に住んでいるほうが安心ですが、安易な親との同居は大きなリスクが伴うと、長岡FP事務所代表の長岡理知氏はいいます。いったいなぜでしょうか。本記事ではEさんの事例とともに、親との同居の注意点について解説します。
40代夫婦、都内に「9,500万円の二世帯住宅」購入も...引っ越し1ヵ月で「ピカピカ新居の売却」を決めた“77歳母の異変”【FPが解説】 (※画像はイメージです/PIXTA)

いよいよ引っ越しを迎えるが...新居生活わずか1ヵ月で認知症が急激に進行

実家をそのままにして、いよいよ東京の新居で生活を始めた母親。最初こそ刺激があったのか、顔が明るく元気な様子でした。近所のスーパーに歩いて行ったことなどを嬉々としてEさん夫婦に話していました。

 

しかし、次第に様子が変わっていきます。引っ越しして2週間が過ぎたころから、生活が昼夜逆転してしまいました。夜に眠れなくなりリビングにずっと座るようになりました。Eさんが声をかけても上の空。そしてこんなことをいいます。

 

「家を片付けなきゃ、でも、お母さんどうしても片付けられないの」

 

まだ岩手の家にいると思っているようです。はじめは深夜なので寝ぼけているのかと思っていたのですが、状態は急激に悪化。夜になると激しい興奮状態となるのです。大きな声を上げて怒り、いっていることは理解できないことばかり。父親が帰ってきたのにご飯ができてない、姉が学校でいじめられた、などと繰り返すばかり。せん妄は数日で収まりますが、何度も繰り返してしまいます。

 

そんな状態を見たEさんの小学生の娘2人は怯えるようになりました。日中に母親を家に1人で置くことができなくなったのは、引っ越しからわずか1ヵ月後。

 

職場の産業医に相談したところ、引っ越しによる環境の変化で認知症が少し進行しているのかもしれないといわれました。地域包括支援センターに一度相談してみるよう勧められました。近い将来、介護施設への入居も検討すべきとも。Eさんは愕然としてしまいます。

 

母親の妹からのキツい一言

岩手に住む母親の妹(Eさんの叔母)から様子を心配して電話がきたときにそのことを告げると、やはりショックを受けているようでした。「そのまま東京に住まわせるのは本人にとっていいことなの?」と少し強い語気でいわれます。

 

「もとの家に戻してあげて。私が頻繁に様子を見に行くようにするから」

 

叔母からの強い要望で、結局は母親を実家にまた戻すことになりました。実家は先日の断捨離の作業でさらに散乱した状態。母親が捨てたくないといった物もいくつか捨ててしまっています。調味料などもそろえないといけません。

 

叔母がEさんにいいます。「私が止めなかったのも悪いけれど、Eちゃんはお母さんのことをなにも考えてくれなかったのよね」

 

とても厳しい言葉に感じました。母親が抵抗したから実家が残っているわけで、いいなりだったらいまごろ解体されて帰る場所を失くしていたはずです。しかし、愛着のある家財道具を捨てろと迫り、軽度の認知症を発症していたであろう母親を見ず知らずの都会に移住させようとしました。そして、結果として母親の健康を大きく崩す原因を作ってしまったことは事実です。実家に引っ越してからは叔母のケアのおかげもあり、いまのところ少し落ち着いているようですが、引っ越し前のような状態ではありません。

 

夫にも申し訳ない気持ちです。母親との同居を考えなければ、職場に近接したマンションを購入できたのです。家が完成してからたった1ヵ月で使わないピカピカの部屋とキッチンが残されてしまい、大きな無駄となりました。なにもかも無謀で幼稚、無計画だったと自分を責めるばかりのEさん。

 

夫は「気にすることないよ」といってくれますが、こうなってしまってはせっかくの新居を売却することに。職場近くのマンションに転居する計画を進めるつもりです。自己資金を多く入れたおかげで売却しても住宅ローンが残ることはありません。立地のよさから損失は少しで済みそうです。「お母さんを想う気持ちからやったことだから、結果はどうあれこれでいいと思うよ」という夫の言葉がせめてもの救いです。

 

今後は頻繁に岩手と行き来をし、母親の面倒を見る予定です。1回の帰省で5万円程度の出費となり、それがあと何年続くか想像がつきません。介護施設に入居すると、さらに費用はかかっていきます。この点はFPにあらためて相談することにしています。

「リロケーションダメージ」とは?

このケースのように、高齢者が生活環境を突然変えることで起こる心身の不調のことを「リロケーションダメージ」と呼びます。Relocation(引っ越し)による損害という意味です。

 

せん妄、認知症、うつ病など深刻な症状が生まれやすく、安易に考えた引っ越しは決して勧められるものではありません。高齢者となった親を呼び寄せたり、逆に実家に子供家族が引っ越したりすることが、親世代の健康を害してしまうことにつながりかねないのです。本人同士が望んでしたことであっても、心身に深刻なダメージを被ることが考えられます。

 

現在の生活環境を維持しながら、どのように親世代の老後生活と介護に向き合っていくか。成熟した現代の日本社会が突き付けている、家族の新しい問題かもしれません。その問題を解決するには、当然金銭的な負担が伴います。親世代がまだ若いうちに、親の支え方とお金の問題を対策していく必要があります。

 

 

長岡 理知

長岡FP事務所

代表