20年ひとり暮らしの母、施設へ…金銭はすべて弟が管理
今回の相談者は、60代会社役員の市原さんです。市原さんの父親は70歳で亡くなり、その後、母親は20年近くひとり暮らしをしていました。しかし、90歳になって実家近くの高齢者施設へ入所したのだそうです。
市原さんは都内在住ですが、実家は信越地方で、なかなか様子を見に帰ることができません。しかし、近居の弟夫婦が母親の身の回りの世話やお金の管理も行っており、市原さんはとても感謝していました。
母親はいたって健康で頭もはっきりしていましたが、ある日弟から「母親を施設に入れた」と電話で事後報告を受け、驚きました。これまでまったくそんな相談を受けたことがなかったのです。
とはいえ、施設のお金が心配になり、弟に尋ねてみました。年金はごくわずかで生活できないと聞いていたため、市原さんは父親が亡くなって以降、毎月15万円の仕送りをしていたのです。
「施設に入るなら、まとまったお金がいるだろう。母さんへの仕送りは生活費で消えているだろうから、お金がないんじゃないか?」
「心配ない、足りている」
「母の生活費は、僕の仕送りだけのはずだが?」
数週間後、市原さんは母親の妹にあたる叔母と話す機会がありました。その際、母親の生活費はほとんど自分の仕送りだけだから、施設で不自由していないか心配だ、と口にすると、叔母は驚いた様子でいいました。
「お姉ちゃん、お義兄さんの遺族年金で悠々自適だ、ありがたいっていってたけど…?」
叔母から話を聞くと、父親の遺族年金と母親の年金で、2ヵ月ごとに40万円弱ももらっているはずだというのです。市原さんの父親は地元企業の役員でしたが、東京の大学に進学して以降、実家を離れている市原さんには父親の給料など知る機会もなく、弟から年金はわずかだと聞き、それを信じていたのでした。
市原さんは地元に戻り、弟に母親の通帳を見せるようにいいましたが、弟は頑として通帳を出しません。しつこく問い詰めると「捨てた」などといい出す始末です。
施設にいる母親に聞いても、「お金のことは、全部弟がやってくれているからよくわからない」と埒があきません。
弟が、母親の年金と兄の仕送りを「使い込み」!?
通帳がなくては確認しようがないため、市原さんは母親を施設から連れ出し、メインバンクの窓口に出向いて10年分の取引明細の履歴を取得しました。すると、毎月多額のお金が引き出されていることが判明しました。
母親は何もわからないといい、弟夫婦に書類を見せても「すべて母親の生活費に使った」との一点張りです。
しかし市原さんは、地元の知り合いから弟が隣町に大きな一軒家を新築中であると教えてもらいました。
高齢の母親が毎月数十万円もの資金を引き出したとは考えにくく、市原さんは弟の自宅の建築費用になったのではないかと疑っています。
「母親の年金はともかく、私が20年仕送りしてきたお金が弟に使われていたなんて許せません」
市原さんは、事情を説明しながら、悔しそうに唇をかみました。
調停に持ち込んだところで、証拠がなければ…
親のお金を子どもが使い込むケースは、決して少なくありません。しかし、証拠のないまま追及したところで、「知らない」「本人が使ったのでは?」などと逃げられるのが関の山です。また、そんな状態で家庭裁判所の調停に持ち込んでも、納得できる結果にはなりにくいでしょう。
筆者の提携先の弁護士は、市原さんに「これ以上過去の追及にエネルギーを割くよりも、今後の対策を立てた方が得策」とアドバイスしました。
まずは市原さんが母親の通帳を管理して、これ以上弟が引き出せないようにします。そのうえで、これまで引き出された金額を推定し、それを加味した遺産分割となるよう、母親に遺言書を作成してもらう方法も、併せて提案しました。さらには、母親と任意後見契約を結び、市原さんが任意後見受任者になることを約束させることも必要です。
「これで気持ちが固まりました。早速対応することにします」
市原さんはそう答えると、静かに事務所をあとにされました。
※プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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