新卒から定年退職まで勤めた場合、大企業なら2,000万円、中小企業なら1,000万円程度受け取れるという退職金。日本の企業のおよそ9割がこの制度を導入しているといいます。半数以上の人が、受け取った分配金を「預貯金」に回していますが、少なからぬ人が、この「種銭」を使って投資デビューを果たしているようです。今回は、金融機関が「毎月分配金が受け取れます」といって提案してくる投資信託の実態をみていきます。
退職金で〈毎月分配型〉投資信託を買った63歳・元大企業部長…“ゴルフ三昧”で過ごした1年半後、若手銀行員を怒鳴りつけたワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

金融機関が勧める「毎月分配型」投資信託とは?

60歳で定年退職した元大企業部長のAさん。63歳となった現在は嘱託社員として勤務しており、65歳までこの働き方を続けるつもりだといいます。現役時代には金融資産の運用にまったくといっていいほど関心がなく、資産のほとんどは現預金。受け取った給料はすべて妻が管理していたため、残高がどれくらいあるのかも正確には把握していないようです。

 

嘱託社員となってすぐのころ、現役時代に比べて給与がおよそ半分になったということもあり、退職金として受け取った2,400万円を上手に運用する方法はないかと、現役時代の給与受け取り口座に設定していた銀行の支店を訪れました。

 

「毎月分配金を受け取れる人気の投資信託があります」

 

年金の受給が始まるのは、まだ数年後。給与収入も大きく減ったこの期間に毎月「分配金」を受け取れるのであれば、と当時の担当者が勧めてきた商品に大きな魅力を感じました。

 

「これが『お金に働いてもらう』ってことだね」

 

同じく定年退職を機に最近投資を始めたという友人に聞いたフレーズを得意げに口にしながら、Aさんは意気揚々と証券口座の開設と、投資信託の買い付け契約の手続きに入りました。

 

あれから1年半、窓口担当者が退職し、後任を務めることになったという若手行員から電話がかかってきました。数日後、自宅を訪ねてきた新担当者から現在の資産状況について説明を受けたAさんは、愕然とします。

 

なんと、元々2,000万円ちょうど預け入れたはずの元本が400万円近く減っていたのです。

 

毎月同じ額の分配金を受け取っていたため、運用が上手くいっているものと思い込んでいたAさんは、若手行員を「どうしてくれるんだ!」と激しく怒鳴りつけます。若手行員は平謝りしつつ、なにやら債券で運用するという別の投資信託への乗り換えを提案しているようですが、上の空のAさんには届きません。

 

「話が違うじゃないか…」

 

毎月受け取っていた分配金は、毎週末の友人とのゴルフやその後の飲み会、妻との旅行などで使ってしまい、手元には残っていません。なぜ、Aさんはこんなにも多くの資産を失うことになってしまったのでしょうか。

 

「分配金=利益」ではない…さらに「複利」の効果も得られない毎月分配型投信

投資信託の購入時に交付が義務付けられている「交付目論見書」にしっかりと目を通し、販売担当者が口頭で必ず説明することになっている「分配金は、計算期間中に発生した収益を超えて支払われる場合があります」といった文言を聞き逃していなければ、分配金=利益ではないことは理解できるはずです。

 

分配金が支払われるとその分基準価額は下がることになります。分配金受け取り口座に毎月入金があるからと浮かれ、運用報告書に目を通さずにいると、実は受け取っていた分配金が「元本払戻金(特別分配金)」であり、何年か経った後に元本が大きく毀損していることに気づいて、Aさんのようにショックを受けることになるかもしれません。

 

さらに、分配金として毎月キャッシュを吐き出してしまうことで、投資効率が下がってしまうこともこうした商品の問題点です。つまり長期的な資産運用・資産形成の鉄則の1つである「複利効果」が得られなくなるということです。

 

また、投資信託の購入・運用にはさまざまなコストがかかることにも注意が必要です。実際に大手金融機関が販売している「毎月決算型」投資信託の費用・税金の項目をみると、購入時手数料は3.0%(税抜)、信託報酬1.52%(税抜)がかかります。また、収益から支払われる「普通分配金」に対しては、20.315%の所得税・地方税が課税されることも忘れてはいけません。

 

仮にこの商品を2,000万円分購入したとすると、買付手数料だけで60万円ものコストを負担することになります。

 

そうしたコストを回収できる見込みがあるのか、「投資信託はプロが運用しているから安心」と一任するのではなく、投資家自身が自己責任で判断を下す必要があるのです。

 

いまだ「人気ランキング」上位に食い込む毎月決算型投信

営業担当者の説明が不十分なケースが散見されることや、たった一度の説明では金融リテラシーが十分でない顧客がその構造を理解できず、資産を大きく減らしてしまうリスクを孕んでいる商品性を鑑み、金融庁は2015年頃から「顧客本位の商品ではない」として、毎月分配型の投資信託を名指しで批判するようになりました。

 

その結果として毎月分配型投信の販売は一時下火になりましたが、購入時手数料も高く、金融機関にとって「オイシイ」こうした商品は、各社があの手この手で販売を続けており、証券会社が公表している投資信託の人気ランキングをみると、いまだTOP10の商品なかに2~3本「毎月決算型」がランクインしている様子がみてとれます。

 

もちろん、普通預金から同じ金額を毎月引き落とすよりは、残高が減るスピードを抑えられる商品も存在しますから、「毎月決算型」だからといって十把一絡げに全否定する必要はありません。

 

しかし金融機関から「毎月分配金を受け取れる商品があります」というような提案を受けた際には、必ず、過去の分配金実績について詳しく説明をしてもらい、わからない点は納得いくまでしつこく質問することが重要です。