(画像はイメージです/PIXTA)

香港在住・国際金融ストラテジストの長谷川建一氏(Wells Global Asset Management Limited, CEO)が「世界経済の今」を解説していきます。

米国デフォルトや米ドル格下げのリスク

もし、議会が期限までに債務上限を引き上げられなかった場合、米国債が一時的にせよデフォルト(債務不履行)扱いとなったり、米ドルを利用した決済に悪い影響を及ぼす可能性が高い。これは、米国経済にも打撃を与えるだろう。ただでさえ金融システムにストレスがかかる状況の米国にとっては、やっかいな問題となる。

 

また、金融市場は「リスクオフ」一色に傾き、株式市場では下落圧力が顕在化、米国債も売られ、米ドルも主要通貨に対して下げることになろう。もちろん、それが長期間放置されると予想する市場参加者は少ないが、一度毀損した信頼を回復するには、相当に時間を要する。

 

2011年のオバマ政権下では、便宜上は議会での合意に達し、債務上限を引き上げる法案が成立したものの、その3日後に、格付会社S&P社が、米国債の格付けを「AAA」 から「AA+」 に引き下げると発表し、金融市場は大混乱に陥った。

 

このときは、デフォルトには陥っていなかったにもかかわらず、ネガティブサプライズにより市場の流れが一気に「リスクオフ」に傾いた。米国株価は15%程度下げた後、格下げ前の水準を回復するまでに、半年程度の時間を要したことは頭に入れておきたい。

金融システムのストレスを際立たせるリスク

折しも、米FRBが5月8日に公表した金融安定報告では、経済見通しや信用の質、流動性調達に関する懸念から、銀行やその他金融機関が与信枠をさらに縮小させる可能性があると指摘した。

 

今年3月に一部の米地銀が経営破綻して以降は、中小銀行の経営状況に疑念が芽生え、大口預金の引き出しや取引の解消が大規模に発生した。米財務省や預金保険公社(FDIC)は、破綻銀行の預金を全額保護するとの方針を打ち出したり、大手銀行による中小銀行への救済を斡旋したものの、根本的な経営不安は解消されていない。

 

この状況下で、政府や連邦政府が機能不全に陥り、いざという時の救済策すら発動できないとの不安が増幅すれば、中小銀行への負の圧力は一層高まるだろう。預金者の不安感が増幅すると、オンライン取引で短時間に預金が大規模に流出する「デジタルバンクラン」が発生し、負のスパイラルへのトリガーとなる可能性もある。

 

また、信用状況が引き締まり、企業や家計の資金調達コストが高まり、流動性の面でも資金繰りに影響が出ているなかで、連邦政府が突然活動を停止すれば、「リスクオフ」の流れが加速し、資金の出し手が一気に手を引いて、民間企業の資金繰りを干上がらせる可能性もある。

 

そうなれば、経済活動には、急ブレーキがかかりかねない。そして、パンデミック以降、世界経済を曲がりなりにも引っ張ってきた米国経済の蹉跌は、世界中に大きな影響を与えかねない。

デフォルトに至るには、まだ距離はあるが…

債務上限引き上げのタイムリミットである6月1日までには、まだ時間が残されている。この問題の解決する最善策は、イエレン長官の言う通り、議会が債務上限を引き上げることである。

 

ただ、それが実現不可能な場合も、債務上限の適用ルールを停止することで妥協するという手段もある。2013年と2015年にはそれで、やり過ごした実績も議会にはある。更には、期限の暫定延長や、米国債の信頼性に関する憲法修正第14条の条項を発動して、借り入れを続けられるようにするという選択肢も検討されていると伝えられる。

 

一部の共和党議員からは、財務省が米国債の償還や利払いなどの支払いを継続しながら、他の歳出を遅らせるよう優先順位付けする案もでている。

 

バイデン大統領は、この問題の協議に専念するためG7を欠席するとの観測まで流れた。それほど、この問題は深刻なテーマであるが、世界情勢を考慮したとき、G7首脳が一堂に会して、共同歩調と団結を示す意味は大きい。バイデン大統領が翻意してG7に参加を決めたことは良い判断だと言える。そして、金融市場の大混乱や世界経済を失速に陥れかねないデフォルトの事態を回避するためにも、是非、米国政界の懐の深いところを見せてもらいたいものである。

 

 

長谷川 建一

Wells Global Asset Management Limited, CEO/国際金融ストラテジスト<在香港>

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