退職金を繰り上げ返済にあてたいなら、事前に「計画」を
そもそも、退職金を全額繰り上げ返済にあてたいのであれば、退職時点で老後資金の見通しが立っていなければならない。自身の老後に必要な金額は、「日々の生活水準」、「想定される年金収入」、「想定される余命」によって異なる。
今回は2019年に金融庁の金融審議会「市場ワーキンググループ」が試算した、いわゆる「老後2,000万円問題」をベースに考えてみたい。
Aさんは50歳の住宅購入時に1,000万円の貯蓄があり、老後必要とされる2,000万円の半分は貯めることができていた。金融広報委員会の「家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査](令和3年)」によると、50代の平均貯蓄額は1,825万円であるものの、中央値をみると800万円となっていることから、Aさんは比較的貯蓄ができているほうだといえる。
Aさん自身は、「現役中はローンを負担しながらでも貯蓄できる」と考えていたが、少し見通しが甘かったようだ。実際、50歳時点で800万円あった年収は、55歳時点で756万円となり、61歳から538万円となった。Aさんは、自身の年収推移を考慮せずにローン返済負担率を考えていたのだ。
「年収の見通しも把握せずに住宅ローンを組む人なんていない」と思われるかもしれないが、すでに住宅ローンを組んでいる人でも、自身の賃金カーブを正確に把握している人はそう多くはないはずだ。
その後、Aさんは長男の教育資金を支払うために貯蓄を取り崩していた時期もあったが、教育資金の支払いが終了した55歳~60歳までは毎年80万円ほど貯蓄ができた。しかし、61歳でさらに年収が下がり、65歳の退職直前の貯蓄は700万円となっていた。
ここに1,200万円の退職金が加算されれば1,900万円となり老後資金の見通しが立てられたはずだったが、今回は住宅ローンの繰り上げ返済を実施するため、1,200万円は手元に残らない。
65歳のAさんは、700万円の貯蓄と年金だけで老後を乗り切れるのか、さぞ不安になることだろう。もしもAさんの生活水準が現役のころと変わらなければ、退職後3~4年でキャッシュアウト、現預金が枯渇することとなる。
反対に、仮に生活費の水準を年金収入額より抑えることができれば、当然に生活を維持することは可能だ。
しかし、40年以上働き続けてやっと迎えた退職。会社に行く必要もなく、自由な時間はたくさんある。退職直後に生活費の水準をいきなり引き下げられるという人は、そう多くないだろう。