3―高齢ドライバーの運転能力と交通事故の発生状況
1_加齢による心身機能の変化
次に、加齢による運転能力への影響についてみていきたい。所正文ほか(2018)『高齢ドライバー』によると、交通事故に結び付きやすい高齢者の特性として、(1)視力(視野を含む)、(2)反応の速さ・バラツキ・正確さ、(3)自分の運転能力に対する過信が指摘されているという。
同書によると、まず(1)視力については、静止視力や動体視力は40歳代後半から下降減少が始まる。また、暗いところで物が見え始める「順能力」も加齢に伴って低下し、夕暮れ時やトンネルに入った時にモノが見えにくくなる。さらに夜間視力も顕著に低下するという。平均的水準でみると、20歳代では0.8前後の夜間視力が、60歳代後半になると0.4前後まで低下するという。室内作業であれば、照明によってサポート可能であるが、夜間運転をする場合には大変危険になると同書は指摘している。また、視野も狭くなり、車の運転に関しては、片目で左右90度の範囲でモノが見えることが望ましいが、65歳を過ぎると60度ぐらいに狭くなる人が多いという。高齢ドライバーによる交差点での出会い頭の事故や右折事故の要因の一つには、左右確認しても、視野の狭まりによって見落としが生じることが考えられるという。
(2)反応の速さ・バラツキ・正確さについては、刺激を知覚し、その意味を読み取り、それに対する適切な行動をとるといった「知覚―判断―動作機能」が加齢に伴って低下するという。高齢ドライバーによる事故の発生場所の中で、「交差点」が多いのは、複雑な交通環境で、迅速に適切な反応を行うことが不得手であることが関係しているという。
(3)として、高齢ドライバーは、自分の運転に対して強い自信を持つ傾向があるという。同書では、「自分の運転テクニックであれば十分危険を回避できるか」との質問に対して、75歳以上のドライバーの52.5%が肯定的回答をしており、他の年齢層の肯定的回答を大きく上回った、とする著者の調査結果が紹介されている。また高齢者の場合は、交通規則よりも自らの経験則を重視する傾向があるという。その典型が交差点での一時停止違反であり、高齢者が経験則に従って、一旦停止しなくても徐行で十分だと判断している、と指摘している。
2_高齢ドライバーによる交通事故の状況
(1)高齢ドライバーの事故発生割合
1_では高齢ドライバーは、運転に必要とされる心身機能が低下していることを説明した。ここからは、実際の高齢ドライバーによる死亡事故の発生状況ついて説明したい。
図表5は、警察庁がまとめた、年齢層別の免許人口10万人当たりの死亡事故件数である。これを見ると「25~29歳」から「70~74歳」までは2~3人台だが、「75~79歳」では5人、「80~84歳」では9.1人と上昇している。なお、若年層についても「20~24歳」は4人台、「16~19歳」は11.4人と突出している。因みに、2020年と2021年については、コロナ禍によって高齢者を中心に外出が減少した影響で、高齢者の死亡事故件数が低下した可能性があることから*6、コロナ前の数値を使用した。
次に、75歳以上のドライバーと、75歳未満のドライバーについて、免許人口10万人あたりの死亡事故件数を比べると、大きな差がある(図表6)。2019年の数字を見ると、75歳未満が3.1件であるのに対し、75歳以上は6.9件となっている*7。なお、2020、2021両年の低下には、上述したように、コロナ禍の影響があると考えられる。
*6:坊美生子(2022)「コロナ禍で低下した高齢者の外出頻度 ~『第8回 新型コロナによる暮らしの変化に関する調査』より」(基礎研レポート)
*7:仲村健二「特集に当たって」『月刊交通』2022年6月
(2)高齢ドライバーの事故原因
警察庁のまとめによると、75歳以上の高齢ドライバーによる死亡事故の人的要因(2021年)は、最多が「操作不適」(33.1%)で、75歳未満(11.9%)に比べると、突出して割合が大きい(図表7)。また、このうち「ハンドルの操作不適」は15.3%(75歳未満は6.9%)、「ブレーキとアクセルの踏み間違い」が10.7%(75歳未満は1.3%)と、いずれも75歳未満に比べて多かった。これらの要因には、1_で述べた「知覚―判断―動作機能」の低下、つまり、道路の状況を読み取り、素早く判断し、適切な反応をするという、一連の動作が苦手であることが関わっていると考えられる。