本記事では、ニッセイ基礎研究所の坊 美生子氏が、高齢タクシードライバーが増加している現状と問題点について考察していきます。
高齢タクシードライバーの増加 (写真はイメージです/PIXTA)

6―今後の課題

本稿では、高齢化が先行するタクシー業界で、70歳前半のドライバーが主軸になり、75歳以上の高齢ドライバーが増加していること、統計的なデータは不足しているものの、加齢によって視力等、運転に必要な心身機能が低下することや、現場では高齢タクシードライバーによる自損事故の増加などが報告されていることを説明してきた。タクシー業界の高齢化と人手不足(採用難)は慢性化しているため、法令等により、年齢制限が講じられない限り、今後も高齢タクシードライバーは増加する可能性があり、現在、講じられている安全対策をより強化していく必要があるだろう。

 

最も抜本的な対策は、法人タクシーにも「定年制」を導入することであるが、今すぐ実施すれば、地方によっては、人手不足によって事業継続が困難なタクシー会社が出てくるかもしれない。今すぐ行うべき対策としては、現在の高齢タクシードライバーによる事故を防ぐため、5でもみてきた▽各現場における健康管理の強化、▽安全教育の強化、▽負担の少ない勤務体系の整備、▽最新技術の活用、▽若年者の採用拡大――などを強化することだろう。

 

例えば安全教育に関して言えば、5―2_(4)で述べたように、高齢ドライバーに対しては、法令の定め以上に高頻度に安全教育を実施し、自身の運転にこまめに注意喚起し、経験にとらわれず、ゆとりある運転行動を心がけてもらうことなどである。また、当面はタクシードライバーの年齢分布に大きな変化がないと考えると、サポカー等を増やすことによって、万が一の際の被害軽減を図ることが、現実的に求められるのではないだろうか。タクシー会社は中小零細企業が多いため、国の補助金を活用しても、買い替えが難しい会社が多いと考えられる。地方の状況に応じて、より活用しやすい補助の仕組みも必要となるのではないだろうか。

 

また、若手の採用については、今後も地方にまで波及していくことを期待したい。タクシー業界は近年、キャッシュレスや配車アプリの導入などハード面で大きく進化していることに加えて、相乗り解禁など、法令によって経営環境も変化している。タクシーと他産業のサービスを連携したMaaSの取組が行われている地域もある。高齢ドライバーにとっては、慣れない機器の扱いに負担感を感じる人もいるだろうが、高卒や大卒など若手にとっては、デジタル技術を活用した職場や、経営環境の変化は、新しいことにチャレンジできるというプラスイメージにつながるだろう。地方のタクシー会社にも、若手の採用に取り組んでほしい。

 

 一方で、中期的には、タクシードライバーに適した年齢幅について、議論する必要があるだろう。個人タクシーには10年前から「定年制」が導入されている。加齢によって、運転に必要な身体機能が低下すること自体は、これまでに述べた通りである。様々な疾病リスクも加齢によって上昇していく。生活習慣を改善することで、リスクを下げられる疾病もあるが、そうではないものもある。

 

もっとも、法人タクシーは、個人タクシーと違って運行管理者がいるため、運行管理者が高齢ドライバーの体調悪化を把握して乗務を禁止、運転中止を指示したり、本人への安全指導によって運転を改善したりできる可能性はある。かと言って、運行管理だけで、加齢による事故リスクを十分下げられるのかというと、そうは言いきれないだろう。

 

7―終わりに

世界に類を見ないほど高齢化が進む日本で、高齢者が働き続けられる社会を構築することは、大変意義深いことである。1で述べたように、年を取っても、これまで通りに働きつづられることができれば、生活の糧となるだけではなく、生きがいや張りができ、高齢期のWell-beingは大きく向上し、健康寿命の延伸にもつながる。社会にも貢献できる。

 

一方で、どのような業種、職種であっても、高齢になっても同じように働き続けられるのかと言うと、そうではないだろう。業種、職種の特性によって、求められる能力がある。事業者側から見ても、高齢労働者に対しては、雇用管理の仕方や、業務のフォロー体制も異なるはずである。

 

改正高齢者雇用安定法は、70歳までを就業確保措置の努力義務の対象とし、労働者の照準としているが、実のところ、現在の雇用管理制度は、必ずしも、そのような高齢者を想定した内容にはなっていない。まして75歳、80歳以上といった労働者の雇用管理の方法については、各事業者に委ねらている。個人差があるとは言え、基礎疾患が増え、心身機能が低下していく高齢労働者に対して、各産業内で雇用管理や業務のフォロー体制に関する議論が熟す前に、高齢労働者が増加している。

 

「高齢化産業」の筆頭とも言えるタクシー業界では、高齢労働者、他ならぬ、高齢ドライバーが増加し、各タクシー会社も交通事故の不安に直面している。タクシー業界の他にも、現場では高齢労働者が増えているのに、雇用管理は従来から変わっておらず、業務の分担や指示の仕方、確認体制といった仕組みも定まっていないという事業者はあるだろう。

 

年齢で区切ることは、年齢差別につながる恐れもあるため、慎重でなければいけないが、加齢によって運転に必要な心身機能が衰えるのであれば、過去の国交省の小委員会で提言されたように、定年の議論は避けられないだろう。旅客自動車運送業は、運転を誤れば、ドライバー本人だけではなく、乗客や、地域の他の道路ユーザーの安全にかかわるためである。

 

定年を迎えることは、労働者や家族にとって経済面でも精神面で大きな影響を受けるが、仮にドライバーの仕事ができなくなっても、地域には、仕事を引退したばかりの元気な高齢者の力を必要とする場はたくさんある。例えば、地域の80歳代、90歳代の一人暮らしや夫婦のみ世帯は、様々な生活支援(ゴミ出し、草むしり、電球交換、家具の移動、調理、話し相手など)を必要としている*12。そのような活動の有償・無償ボランティアという形で、地域コミュニティに参加する道もある。長年の有償労働を卒業したら、次は有償・無償ボランティアへと移行したり、農作業だけを続けたりし、程よく体と頭を動かし、本人の健康維持に役立て、誰かの役に立つという道もある。そのサイクルがある社会が、高齢者の「生涯現役」が叶う社会ではないだろうか。

 

全産業に比べて高齢化が先行したタクシー業界において、年齢特性に応じた雇用管理や運行管理、仕事のフォローに関する仕組みを整え、業務に適した年齢幅について議論できるかどうかは、今後、国全体で高齢者雇用の仕組みを成熟させられるかどうかの試金石となるのではないだろうか。

 

*12:坊美生子(2022)「高齢者の生活ニーズのランキング首位は移動サービス(道府県都・政令市編)~市町村の「介護予防・日常生活圏域ニーズ調査」「在宅介護実態調査」集計結果より~」(基礎研レポート)