精神科における「名医」と「ダメな医師」の決定的差
精神科医療も科学に基づいた対応をする行為であり、客観的かつ冷静でなくてはいけません。救急医が、迅速に対応を求められる場面でも、焦らず、ミスなく行動しなくてはならないように、外科医が強いプレッシャーの中、指先を震わすことなく人体にメスを入れていくように、精神科医も同様に客観的かつ冷静・合理的に対応しなくてはなりません。
頭は冷静に、患者さんへの対応は親しみやすく、優しい態度でという、二重構造を体現しなくてはいけません。
そのために私がいつも意識しているのは、「相手の感情に飲み込まれないこと」「正しい優先順位をつけること」です。
■「親身に寄り添う精神科医」は“よい医師”に見えるかもしれないが…
名医を見極めるポイントの1つは「相手の感情に飲み込まれやすい医師か、そうでないか」です。患者さんの感情に飲み込まれやすい人だと、よい診療はできません。
患者さんとしては、自分の話に対して「うんうん」と聞いてくれ、はっきりとしたリアクションをとってくれる医師が、よい医師だと思うかもしれません。逆に、リアクションの薄い精神科医は、冷たそうに見え、ダメな医師だと感じるかもしれません。
患者さんに安心感を与えることは大事なことで、そうしたコミュニケーション能力も精神科医には求められますが、一見して冷たそうな医師がまったくのダメな医師かというと、そうとは限りません。
患者さんの話に対して、精神科医であれば、誰でも共感はしていると思います。ただ、同時に私たちはその感情に飲み込まれないようにしなくてはならないのです。
患者さんが「うわーっ」と泣き叫んでいるときに、医師があたふたしても仕方ありません。感情を扱う場面だからこそ、あまり過度に感情を刺激するより、冷静に話し合った方がいい。患者さんが自分の話したくないことを話してしまって、トラウマが刺激されて泣き出したときも同じです。
患者さんに冷静さを促すためには、こちらが冷静でないと話し合いはできません。ある種、淡々とした姿勢が求められるときもあります。共感する態度を強調し、相手との距離を縮めるのは、普通のコミュニケーションであれば正解かもしれません。しかし、精神科医療においては相手の自立を促すためにも、あえて距離を縮めない努力も必要です。冷たく感じるかもしれませんが、それが重要な場面もあります。
そうした見極めのためにも、相手の感情に飲み込まれないことが重要です。
相手の感情に飲み込まれ、精神科医自身が混乱したり、一緒に悲しくなって、その感情に囚われてしまったり、逆に患者さんに腹を立てたりするようでは話になりません。こちらは冷静に、相手との距離は一定に保ちつつ、ときに近づけたりすることが重要です。
■患者さんの多くは、自分自身の問題をうまく整理できていない状態にある
名医を見極める2つめのポイントは「優先順位をつけるのがうまい医師か、そうでないか」です。
たとえば、会社のパワハラの問題でうつ状態に陥っている患者さんがいるとします。でも、本人は恋人があまり連絡をくれないことが気になり、その話ばかりしようとしています。
そんなときに医師は、「恋人との仲はいったん置いておいて、今話し合うべき問題は会社のパワハラの方だよね」と言ってあげる必要があります。
優先順位が高いことからやらなくてはいけないのに、自分の関心があることばかりにエネルギーを割いてしまう――これは会社の経営などでもよく見られますよね。
「会社がやらなければいけないことは新商品の開発なのに、チーム編成を替えることにエネルギーを注いでしまっている」「社長が自分のYouTubeの更新にエネルギーを割いてしまい、最重要課題である組織開発や事業戦略に頭を使わなくなってしまった」といった状態です。
精神科の病院やクリニックを訪れる患者さんの多くは、自分自身の問題をうまく整理できていないままにやってきます。疾患によっては、そもそも優先順位をつけるのが困難になっている人も多いのです。
だからこそ、精神科医には、「治療上の優先順位をつけてあげること」が求められます。
感情に飲み込まれず、優先順位をつけていく能力というのは、会社のプロジェクトマネジャーに求められる能力に近いかもしれません。