(※写真はイメージです/PIXTA)

自分でも意識することのできない心の奥底、すなわち「無意識」を探っていくと、過去のつらい記憶や体験から抑え込んでしまっていた自分の本来の感情が見えてきます。多くの人が経験する感情の奥には、どのような真実が隠されていたのでしょうか。精神科医・庄司剛氏が解説します。※本稿で紹介するケースは、個人が特定されないように大幅に変更したり、何人かのエピソードを組み合わせたりしています。

【CASE】いつも素行の悪い男性を選んでしまう

■なぜ、自分を愛してくれる「良い人」を選ぶ気になれないのか

Xさん(仮名)は、容姿端麗で思いやりがあり、仕事もできる聡明な女性でした。上司の信頼も厚く、後輩からも慕われていましたので、異性からも人気がありました。人生すべてが順調で悩みもなにもないように見えたかもしれません。けれども、Xさんと親しい同期はいつもハラハラして心配していたのです。

 

それというのも、Xさんは周りから見ると「やめたほうが良い」と忠告するほど素行の悪い男性とばかり付き合っていたからです。同期たちが厳しく叱っても、本人は「放っておけない。なんとかしてあげたい」と言って、一向に聞く耳をもちませんでした。

 

そんなとき、Xさんは同期の男性から思わぬ告白を受けました。ずっと彼女を見守ってきた人です。ただ、「自分には気持ちに応える資格がない」と意味深なことを言って断ってしまいました。それでも諦めない彼のまっすぐな気持ちに迷いが生じたXさんは、なぜ自分は皆が止めるような男性にばかり惹かれてしまって、皆が勧める「良い人」そうな人には惹かれないのだろうかと悩んで精神療法を希望しました。

Xさんの複雑な生い立ち

■愛人の子だったXさん。実の子のように育ててくれた「本妻」が亡くなり…

生い立ちを聞いてみると複雑なバックグラウンドをもって育ってきたことが分かりました。

 

Xさんはいわゆる愛人の子で、3歳まで実の母親と2人で暮らしていましたが、あるとき母親は彼女を置いていなくなってしまったのです。それを知った父親が引き取り、本妻に育てさせたのでした。

 

本妻には、Xさんより2歳上の娘がいました。Xさんからすれば腹違いの姉になるわけですが、この2人の娘を気丈にも本妻は分け隔てなく育てていました。事情を知らない姉も、かわいい妹ができたことを無邪気に喜び、数年はうまくいっていました。

 

ところが、もともと体が弱かった本妻が重い病気にかかり、呆気なく亡くなってしまいました。その通夜の席で親戚たちは、悲しんでいる2人の娘の前で、Xさんは愛人の子で、それを育てさせられた本妻は心労で病気になって死んだのだと話し、彼女に敵意の目を向けたのです。

 

そこで真実を知った姉は怒って父親を責め、Xさんは自分のせいだとショックを受けました。それ以降、姉は妹を憎んでつらく当たるようになり、父親は見て見ぬふりをしてなにもしませんでした。

 

そんな環境で成長するにしたがって、姉は非行に走り、父親と喧嘩ばかりして険悪になりました。妹のXさんは美しく勉強もよくできる優等生に育ちましたが、自分の出自から目立たないようにするというように、2人の姉妹は大きく道を分けることとなったのです。

 

また、姉のほうは非行仲間から「おまえの妹は美人だな」と言われたり、成績の良い妹に対して嫉妬心をもったりして、ますます攻撃的になり、問題行動を起こして父親を困らせていきました。

いつしか、Xさんは“ダメンズウォーカー”へ

■Xさんの「意識的な部分」と「無意識的な部分」

Xさんは、こんなことになったのも、もとはといえば自分がいるせいだと生い立ちを恨み、自分の存在を否定して汚れていると嫌悪感をもつようになりました。

 

意識的には人に迷惑をかけないように、一生懸命に勉強して働いていましたが、無意識的には自分を捨てた実の母親、そもそもが無責任でなんの手助けもしてくれない父親をはじめ、周囲のすべての人間に対する恨みは、周囲も自分自身をも傷つけ続けるものでした。

 

■ダメンズばかりと交際し、「良い人」を選べない心理も同様

この人は私が助けてあげなくてはいけない、という思いの背後には相手に対して憐れみ、見下す気持ちがありましたし、いわば他人に対する基本的な諦め、人間なんて所詮そんなもの、というような気持ちがあったのだと思います。そういう気持ちがなければこれまでの過酷な家族関係のなかで自分を見失わずに生きてこれなかったのかもしれません。しかし、それを覆す恐れのある、真摯に自分のことを考え心配してくれる同期の男性に出会い、これまでの自分を守ってくれていた考え方、世のなかのとらえ方が崩れる不安に直面することになったのです。

 

このように一見なんの問題もない、幸せな状況が当人に対しては根源的な恐怖を引き起こすような状況というものがあります。人との深い人間関係を結べるかもしれないということはとても喜ばしいことのように思えますが、それは自分の心を守る「防衛」を手放すこととつながる、とても不安なものでもあり得るのです。これは多かれ少なかれ、われわれ多くの人間に当てはまることなのではないかと思います。

 

Xさんはそんな根源的な不安を避けるために、自分の人生になじみのある、自分を苦しめるようないわゆる「ダメンズ」ばかりを交際相手に選んできました。相手と深く関わり、対等にお互いの人生にさまざまな影響を与えるような関係性に踏み込むのは勇気がいることでした。

Xさんのその後

■姉と和解し、知られざる「本妻の想い」も明かされた

その後、Xさんは彼とじっくり話し合い、一緒に背負ってくれるという彼の気持ちに応える決心をしました。2人でお姉さんの許しを得たいと、姉を探して訪ねたそうです。すると、お姉さんは結婚して幸せに暮らしていました。

 

Xさんがそんなにも苦しんでいたことを知った姉は驚き、彼女に謝ると「これからは誰よりも幸せになりなさい」と言葉をかけてくれたそうです。姉も結婚して母親になったことで、見えてきたことがいろいろあったと話してくれました。

 

姉は、母親の通夜の席で子どもにあんな話をした親戚たちが許せないと言いつつも、彼らは母方の親戚だったので、それも当然と理解していました。自分の大切な娘であり、姪っ子であり、従妹が、裏切られた挙げ句、愛人の子を育てさせられたのですから怒るのも無理はありません。しかし、当の母親がXさんを不憫に思って「引き取りたい」と父親に申し出ていたことが、のちに母方の祖父から聞いて分かったということでした。

 

こうして、すべてが明らかになったことで、Xさんの心も軽くなり、少しは自分に自信がもてるようになったといいます。

 

 

庄司剛

北参道こころの診療所 院長

 

※本連載は、庄司剛氏の著書『知らない自分に出会う精神分析の世界』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

知らない自分に出会う 精神分析の世界

知らない自分に出会う 精神分析の世界

庄司 剛

幻冬舎メディアコンサルティング

自分でもなぜか理解できない発言や行動の原因は、過去の記憶や体験によって抑え込まれた自分の本来の感情が潜む「無意識的な領域」にあった! 憂うつ、怒り、不安、落ち込み…。理由の分からない心の動きを精神科医が考察。…

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