「100歳になる父」「要介護度5の母」とともに移住
礼儀正しく、腰が低いというのが鏡さんに対する私の印象で、昭和後期に流行ったテレビ番組「まんが日本昔ばなし」に登場するナレーターのような優しい話し方をする。
私の知る限り、フィリピン在住の日本人で100歳を迎える人はこの父親以外にはいない。
「フィリピンどうですか?」
そう尋ねると、よく聞こえなかったらしく、鏡さんが代わりに呼び掛けた。
「良いとこも悪いとこもあるよね?」
すると背中を丸めた父親はニコッと笑って頷いた。歯はすべて抜け、心臓が弱いため、一緒に住む妻や妻の親戚たちがお粥などの流動食を食べさせ、さらに散髪や入浴時のバスタブにお湯を入れるなどの世話をしている。
一緒に来た母親は、日本にいた時から認知症がかなり進行しており、要介護度は最も高い5で、介護なしには日常生活を営むことが不可能な状態。妻らの助けを借りてフィリピンで介護生活を続ける予定だったが、移住してから約1ヵ月後に息を引き取った。
水谷竹秀
ノンフィクションライター
1975年三重県生まれ。上智大学外国語学部卒業後、カメラマン、新聞記者などを経てフリーに。
2011年『日本を捨てた男たちフィリピンに生きる「困窮邦人」』(集英社)で開高健ノンフィクション賞受賞。他に『だから、居場所が欲しかった。バンコク、コールセンターで働く日本人』(集英社)など。
10年超のフィリピン滞在歴をもとに、「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材している。