今回、過去の決議や指導者の「否定・攻撃」はなく…
第1の歴史決議は1945年の「若干の歴史問題に関する決議」、第2は1981年の「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」。前者では、毛沢東が対立する陳独秀、王明など当時の「修正主義者の誤り」を指摘し、後者では鄧小平が毛沢東の文革やそれを受け継いだ華国鋒の「両個凡是(毛主席の全ての決定を守り、全ての指示に従うという2つの全て)」を否定することで、指導者としての地位を確かなものにしたというのが定説。同様に習氏も今回の歴史決議で、その地位をさらに強固にしたとの見方が支配的だ。
しかし、6中全会後の記者会見で中共宣伝部は「過去の歴史決議は歴史上の重大な教訓や是非を論じたが、そうした問題は基本的に解決済み。今回は建党百年の成果や歴史経験を総括するもの」としており、今回の歴史決議は基本的に過去の歴史決議の内容や指導者を否定・攻撃していない。
他方、鄧小平による第2の歴史決議は文革の教訓として個人崇拝や個人への過度の権力集中の弊害を指摘し、集団指導体制を確立した。実際、同決議のなかにあまり鄧小平自身への言及はない。仮に今回の歴史決議が習氏への個人崇拝、3期目はもとより終身国家主席への道に繋がっていく場合、今回否定されなかった第2の歴史決議との関係をどう説明するのかという点を反習派が突いてくる可能性がある。
決議から読み取れる「党内のせめぎ合い」
6中全会直前、国営新華社通信や党機関誌人民日報は習氏を称賛する長文の論評を掲載したが、江沢民、胡錦濤両氏への言及はほとんどなかった。他方、習氏が3期目続投に対する党内の反対を抑えるため、歴史決議で江、胡両氏の名前に言及するという譲歩をしたとの憶測も流れ、決議ではその通りとなった。ただ、以下のような微妙な記述に注意する必要がある。
①各指導者に関する記述の長さは、党(または習氏)の各指導者に対する評価、「好き嫌い」を図る物差しの1つだが、時代区分別に見ると、全体約36000字のうち、習19249字、毛5565字、鄧〜江〜胡4132字。個人名への言及は、習23回、毛18、鄧6、江、胡は各1。
②歴史経験を時系列的に総括した部分では、「新民主主義革命の偉大な勝利奪取」「社会主義革命完成・建設進行」「改革開放進行・社会主義現代化建設」「中国特色社会主義新時代を切り開く(開創)」の4段階に分け、第1、2段階は「毛沢東同志を主要代表とする中国共産党人、、」、第3段階は内容に応じて「鄧小平同志、、」「江沢民同志、、」「胡錦濤同志、、」、第4段階は「習近平同志、、」と同じ表現を使用。さらに、毛沢東と習氏には一部「核心」を冠した。
③他方、党が堅持すべき思想・理念などを述べた部分では、「、、毛沢東思想、鄧小平理論、“3つの代表”重要思想、科学発展観、習近平新時代中国特色社会主義思想」と、「3つの代表」には江、「科学発展観」には胡氏の名前に言及せず。
④「毛沢東思想」「鄧小平理論」「習近平新時代」は「打ち立てた(創立)」とする一方、「3つの代表」「科学発展観」は単に「形成」と弱い表現を使用。
⑤上記②の4段階に合わせ、毛時代に「中華民族は立ち上がり(站起来)」、鄧、江、胡時代に「豊かになり(富起来)」、習新時代に「強くなること(强起来)への偉大な飛躍を成し遂げた」とし、鄧は「富起来」段階の指導者の1人にすぎないと位置付け。
⑥歴史が蓄積した貴重な経験「10の堅持」として、「党の導き」「人民至上」などに加え、「敢然と闘う(敢于闘争)」「自己批判・修正(自我革命)」「世界と人類全体の命運に思いを致す(胸怀天下)」を掲げた。特に「胸怀天下」は毛にもなかったもので、習氏の自らを毛以上にしようとする野心が窺える。他方、過去40年間、一貫して掲げてきた「改革開放」が消えた。
⑦6中全会直後に発表された公報は文革や毛の誤り、1989年の天安門事件(六四)には全く触れなかったが、決議は前者につき、「十年内乱」「毛が階級闘争の理論・実践面で判断を誤った」「大躍進、人民公社化の誤り」など第2歴史決議に沿って記述。六四は「反革命暴乱」とせず、「深刻(厳重)な政治風波」「動乱」と抑えた表現を使用。
以上は次のように読むことができる。習氏は江、胡両氏に言及して一定の妥協をする一方、両氏の歴史的評価を下げた(③、④)。毛、鄧は江、胡両氏より高い評価にしたが、鄧を江、胡両氏と同じ歴史段階の指導者の1人と位置付けるなど、巧妙に鄧の歴史評価を下げようとした(②、⑤、⑦)。
この結果、習氏を鄧を超え毛に次ぐ、あるいは毛と同等かそれ以上の位置付けにしようとする意図が読み取れる(⑥)。江、胡両氏への言及は、「歴史経験」を総括するという今回の意図、特に中国共産党は自らの統治の一貫した正当性を主張しており、両氏の歴史部分だけ省略するわけにはいかなかったという事情もあろう。
2021年2月に出された「新版党簡史」が文革関連の記述を簡略化し毛評価を避けたように、習氏としてはあまり触れたくなかったと思われる問題が⑦のようになったことは、決議が妥協の産物であることを示している。
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