「英語ばかり勉強していますよ」モチベーションの源泉
小牧さんは少し照れながら返した。
「では私と一緒に日本へ桜を見に行きませんか」
教室内が2人の笑いに包まれた。
授業は午前中で終了する。終わるとトライシクルで5分ぐらいのアパートへ帰り、再び英語の勉強を続ける。
「どこにも遊びにいかず英語ばかり勉強していますよ。この国で生活するためには語学を勉強しないと駄目かなあと思って。でも楽しみながらやってます。先生もきれいな若いお姉さんが多いから、彼女たちと英語で会話するだけでも楽しいんですよ」
小牧さんは嬉しそうに語った。続けて「先生は女性に限定しています」と、笑った。
担当の女性教師2人はともに20代。小牧さんにとって、若い女性と触れ合えることが英語学習のモチベーションになっているようである。重要なのは、英語を使わなければならない環境に身を置くことだ。俗に言う、外国人の交際相手がいることで語学力が伸びるとはそのことだ。
小牧さんは独身である。これまでもフィリピンに滞在し、若い女性と交際したことはあるが、お金を要求されたり、語学力の問題で意思の疎通がうまくいかなかったりと、長続きしなかった。その時の苦い体験が、英語漬けの日々へといざなったようだ。
「この年になって、自分の子孫が欲しいなあって初めて思うようになりました。だから英語を勉強して、ここに住んで、できればいいパートナーが見つかればいいなあ」
小牧さんは素直にそう語った。
「フィリピン人女性はあまり男性の年齢にこだわらないですよね。もちろん、どこまで本心かわからないけど。本当は若い男性が好きに決まってんだろうけどね……」
お金が目当てかもしれない。しかし、英語ができるようになり、若い女性とコミュニケーションをうまく図れば相手に対する理解が生まれる。フィリピンであれば年の差婚が可能なことはすでに実証されており、あわよくば半生をともにできるかもしれない。
日本での見果てぬ夢を、英語を学ぶことで実現しようとしている。その原動力が、小牧さんのセブ島での年金生活を豊かなものにしてくれるだろう。
水谷竹秀
ノンフィクションライター
1975年三重県生まれ。上智大学外国語学部卒業後、カメラマン、新聞記者などを経てフリーに。
2011年『日本を捨てた男たちフィリピンに生きる「困窮邦人」』(集英社)で開高健ノンフィクション賞受賞。他に『だから、居場所が欲しかった。バンコク、コールセンターで働く日本人』(集英社)など。
10年超のフィリピン滞在歴をもとに、「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材している。