年金は毎月16万円「日本で暮らすのは精一杯なんです」
「この年になって趣味といえば、旅行か、勉強するとすれば英会話ぐらいですよね。英語ができれば海外旅行が楽しくなると思いました。これまで欧米各国に行きましたけど、すべてガイド付きのツアーでしたからどこか物足りなくて……。英語ができたらもっと楽しめるかなあと。姉と一緒に世界一周のクルーズに出る夢もあるんです」
若松さんは毎日午前9時から午後5時まで、スピーキング、リスニング、文法、熟語、発音の5コマを受けている。
1コマの授業時間は50分。通常は教師とのマンツーマンレッスンだが、グループレッスンともなれば若者たちと一緒だ。学校で寮生活をしながらの4ヵ月短期留学プランである。その間、海外で老後を送りたいという気持ちが次第に高まっていった。
日本に戻れば、福岡県の市営住宅で一人暮らし。その先行きに明るさは感じていない。若松さんの年金受給額は毎月16万円で、家賃や保険などその他諸々を差し引くと、手元には10万円程度しか残らなかった。
「今の生活費では日本で暮らすのは精一杯なんです。もうこのまま自然と一人で死んでしまうのかなと思うと、寂しい気持ちにもなりますし。だったら思い切って海外でチャレンジしてみたい。セブでは結構楽しい生活ができていますので、将来はここでもいいかなあ」
「カラチュチ」と呼ばれる白い花が潮風にそよぎ、私たちがいる語学学校のベランダから一望できる海は、さざ波を立てて静かに海岸に寄せていた。
「この国で生活するために」若い女性教師とのレッスン
セブ島のアパートで年金生活を送る68歳の小牧由雄(こまきよしお)さんも、語学学校に通っていた一人だ。
ある日の小牧さんの授業をのぞかせてもらった。教室で自分より40歳ほど年下の若い女性教師とテーブルで向き合い、教科書を並べて勉強していた。「韓国を旅する」と題した長文を小牧さんが読み上げ、女性教師がその内容に質問するという形式で進められた。
「観光客が韓国を訪れる理由は何ですか?」
教師からそう聞かれた小牧さんは、鉛筆でびっしり書かれたノートを何度も見返し、答えの場所を探している。
「こっちだと思うんだけどなあ……」
ページをめくりながら探し続ける小牧さん。ようやく見つかったところで、答えを読み上げた。続いて女性教師が合いの手を入れた。
「私は日本も観光してみたいです。桜が見たいなあ」