物価が安く、気候が温暖なフィリピンでセカンドライフを送る年金生活者は少なくない。彼らの英語学習事情はというと、消極的な人も多いが、熱心に学ぶ人もいる、といったところ。英語力がなくても普通に生活できるとはいえ、言語が通じたほうが深いコミュニケーションを取れることは確かだ。ノンフィクションライターの水谷竹秀氏は、セブ島の語学学校に通う日本人年金生活者2名に取材をおこなった。 ※本連載は、書籍『脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち』(小学館)より一部を抜粋・再編集したものです。
69歳・月16万円受給「日本で暮らすのは精一杯」…セブ島留学から始まる“豊かな年金生活” (※画像はイメージです/PIXTA)

年金は毎月16万円「日本で暮らすのは精一杯なんです」

「この年になって趣味といえば、旅行か、勉強するとすれば英会話ぐらいですよね。英語ができれば海外旅行が楽しくなると思いました。これまで欧米各国に行きましたけど、すべてガイド付きのツアーでしたからどこか物足りなくて……。英語ができたらもっと楽しめるかなあと。姉と一緒に世界一周のクルーズに出る夢もあるんです」

 

若松さんは毎日午前9時から午後5時まで、スピーキング、リスニング、文法、熟語、発音の5コマを受けている。

 

1コマの授業時間は50分。通常は教師とのマンツーマンレッスンだが、グループレッスンともなれば若者たちと一緒だ。学校で寮生活をしながらの4ヵ月短期留学プランである。その間、海外で老後を送りたいという気持ちが次第に高まっていった。

 

若松さんが授業で使っている英語のテキスト
若松さんが授業で使っている英語のテキスト

 

日本に戻れば、福岡県の市営住宅で一人暮らし。その先行きに明るさは感じていない。若松さんの年金受給額は毎月16万円で、家賃や保険などその他諸々を差し引くと、手元には10万円程度しか残らなかった。

 

「今の生活費では日本で暮らすのは精一杯なんです。もうこのまま自然と一人で死んでしまうのかなと思うと、寂しい気持ちにもなりますし。だったら思い切って海外でチャレンジしてみたい。セブでは結構楽しい生活ができていますので、将来はここでもいいかなあ」

 

「カラチュチ」と呼ばれる白い花が潮風にそよぎ、私たちがいる語学学校のベランダから一望できる海は、さざ波を立てて静かに海岸に寄せていた。

「この国で生活するために」若い女性教師とのレッスン

セブ島のアパートで年金生活を送る68歳の小牧由雄(こまきよしお)さんも、語学学校に通っていた一人だ。

 

ある日の小牧さんの授業をのぞかせてもらった。教室で自分より40歳ほど年下の若い女性教師とテーブルで向き合い、教科書を並べて勉強していた。「韓国を旅する」と題した長文を小牧さんが読み上げ、女性教師がその内容に質問するという形式で進められた。

 

「観光客が韓国を訪れる理由は何ですか?」

 

教師からそう聞かれた小牧さんは、鉛筆でびっしり書かれたノートを何度も見返し、答えの場所を探している。

 

「こっちだと思うんだけどなあ……」

 

ページをめくりながら探し続ける小牧さん。ようやく見つかったところで、答えを読み上げた。続いて女性教師が合いの手を入れた。

 

「私は日本も観光してみたいです。桜が見たいなあ」