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「医師=安定して稼げる職業」というイメージの真偽
ワーキングプアの弁護士の存在が注目される昨今、唯一「食いっぱぐれのない職業」として君臨しているのが医師です。その平均年収は、1169.2万円(厚生労働省「令和元年賃金構造基本統計調査」)と一般サラリーマンの440.7万円(男性545.0万円、女性293.1万円・国税庁「平成30年分民間給与実態統計調査」)を大きく引き離しています。
そして、この「安定して高収入を稼げる職業」の筆頭としての地位が、医学部の偏差値を押し上げているといわれています。
しかしその高収入は、果たして労働内容に見合っているのでしょうか。
そもそも「法定労働時間の倍以上」働く勤務医はザラ
まず労働内容に関してですが、皆さんもご承知のとおりほとんどのドクターは毎日激務に追われています。厚生労働省の「第1回医療政策研修会 医師の働き方改革について」によると勤務医のなかで、法定労働時間内で働いている割合は、わずか15%【図表】。
つまり85%が法定労働時間を超えて働いており、週の残業時間が40時間を超える割合も10%を超えています。
40時間ということは、週5日働くとして1日あたり8時間の残業。勤務医の10人に1人は、法定労働時間(1日8時間、週40時間)の倍、働いているのです。これは激務としかいいようがないでしょう。一般的なサラリーマンの2倍以上の収入があって当然かもしれません。
しかも2020年に入って猛威を振るっている新型コロナウイルスの検査や治療に当たった医師のおよそ8割は危険手当を受け取っていません。
私がお付き合いしているドクターの多くは、「忙し過ぎて割に合わない!」「いくら稼いでも使う暇がない」と嘆いています。昔から「医は仁術」といわれていますが、ドクターも人間。「割に合わない」という声に深く同情してしまいます。
激務、薄給、昇進不可能…中堅医師が直面している現実
この医師の多忙さは、2004年からスタートした新医師臨床研修制度も関係しているようです。それ以前の研修医は、大学病院の医局に属して修行を積むのが当たり前でした。しかし同制度によって封建的な大学病院ではなく、都会の市中病院などで研修を受ける新人医師が増えたのです。これが大学医局の衰退につながっているといわれています。
大学病院に新人医師が入ってこないと、中堅医師はいつまで経っても現状の地位のままになってしまいます。その結果が過重労働です。詳細は後述しますが大学病院は、市中病院よりも薄給のケースが多いようです。
それでもかつては医局に尽くせば昇進という報酬がありましたが、力を失った医局に以前のようなポスト数はありません。見切りをつけた中堅医師の多くが医局を去っていきました。三重大学や国立循環器病研究センター、国立がん研究センター中央病院などの集団辞職が報道されたのも2004年以降です。
残った中堅医師は、「新人医師が入ってこない」→「激務」→「同僚が辞める」→「より激務」という負の連鎖に巻き込まれています。
そしていまだに大学病院や名門病院の多くは、年功序列の人事制度を取っているため、激務で頑張っている中堅医師が報われる兆しはないようです。それどころか能力は低いのに、ただ入局が先というだけの医師が高い給料を受け取りながら定時で帰宅し、能力が高く激務にも耐えられる中堅医師が薄給で働いているというケースも多々あります。
医師の激務を知る一例として、2016年に労働基準監督署が聖路加国際病院へ立入調査した件があります。
聖路加国際大学は、私立大学として日本で初めて看護学部を設置した名門中の名門です。ところがこのときの調査では、「医師の時間外労働過多」と「時間外労働に対する不適切な賃金支払い」などで是正勧告が出ました。これによって病院側は外来の大幅縮小と救急車受け入れ制限を行い、医師への追加賃金として十数億円支払ったといわれています。
ブラックな職場環境で薄給を受け取る若手医師も多数
私は現在でも、若手医師からブラックな職場環境の話をたびたび聞きます。
「先輩はいつも上司の顔色をうかがっている。当然のように論文の手伝いをさせられ、休日はゴルフのお供。子どもが2人いるはずなのにいつ会っているのだろう。あんなに面倒になるなら自分は昇進しなくてもいいと思っている」
「質問をすると『いちいち聞くな。俺のやっていることを見て覚えろ』といわれる。徒弟制度ではないので、そんな回りくどいことをしたくない」
「たとえやることがなくても上司より早く帰らないのが暗黙の了解。帰ってリフレッシュしたいのに時間の無駄でしかない」
現代はスピードの時代です。そのなかで育った若手医師は、最短距離で一人前になりたいはず。それなのに先輩医師たちは遠回りで無駄なやり方をしていることに気づいてさえいないというのです。
また、若手医師からは「意外に収入が少ない」という声もよく聞きます。ある大学病院に勤務する35歳の医師は、年収が500万円台でした。営利目的ではなく研究機関としての役割が強い大学病院の若手医師は、心身ともにすり減る激務の日々を送っているにもかかわらず薄給なのです。しかも大学院に入って博士号の取得を目指せば授業料を支払わなければなりません。
「激務」「ブラックな上下関係」「意外に少ない収入」――。
「人々の健康に貢献したいと医師免許を取ったのに、貢献できるようになる前に自分が潰れてしまう」。最近は、このような悩みで相談に来る研修医が増えています。
大山 一也
株式会社トライブ 代表取締役