フィリピンのスラムで、31歳下のフィリピン人女性と暮らす日本人男性・吉岡学(仮名)さん。現地社会にどっぷり浸かった生き様は、フジテレビ系の人気番組「ザ・ノンフィクション」(2019年5月26日放送)でも取り上げられた。ここでは、彼が「フィリピンのスラムにやってくるまでの経緯」を、ノンフィクションライターの水谷竹秀氏が解説する。 ※本連載は、書籍『脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち』(小学館)より一部を抜粋・再編集したものです。
「日当約270円」で卵拾い…日本の管理職男性がフィリピンパブから足を踏み入れた怒涛の生活 (トタン屋根の家が密集する吉岡さん宅周辺のスラム 撮影:水谷竹秀)

日本へ帰国できない「本当の理由」

吉岡さんがフィリピンへ渡った本当の理由を明かしたのは、取材がスタートしてから1年が経過した時だった。

 

「実は日本で借金していたんです……」

 

スラムの路上を2人で散歩している最中、吉岡さんがそう漏らした。日本で犯罪を犯し、指名手配犯になって、あるいは借金まみれでフィリピンへ逃亡してくる日本人男性の例は枚挙にいとまがない。だから特段珍しくもないが、こと吉岡さんに関しては意外だった。

 

毎朝井戸の水汲みをして朝食を作るひたむきさや、これまでの取材で正直に受け答えをする彼の態度から、「借金で逃亡」するような人物像を思い描くことができなかったからだ。

 

その端緒は、吉岡さんがフィリピンパブで知り合ったジーナさんと結婚し、前妻の子供2人と一家6人で県営住宅に暮らしていた当時に遡る。

 

「ジーナの親戚に仕送りしすぎましてね。俺が甘やかしたのかなあ。でも、フィリピン人女性と結婚すれば、誰でもこういったボランティアをすることになるんですよ」

 

送金はジーナさんと結婚する直前に始まった。生活費として毎月数万円をジーナさんの家族に仕送りし、これに加えてジーナさんから「緊急事態だからお願い!」と、何度も泣きつかれることになる。

 

「母親が乳がんに冒され、医療費が必要なの」「妹が失恋し、洗剤を飲んで死にそうになっているの」「銀行に借金をしてしまい、フィリピンの自宅が差し押さえの対象になっているの」

 

そう言われる度に吉岡さんは、銀行や消費者金融から借金をし、お金を送り続けた。フィリピンに一時帰国したジーナさんがコレクトコールで吉岡さんに電話を掛け、1ヵ月の電話代が40万円に達したこともあった。

 

借金した銀行や消費者金融は8社を数えた。それに闇金業者を合わせると総額は500万円を超える。

 

少し考えればおかしいと気付くものだが、「いきなりお金を送ってくれと、目の前で泣いて頼まれるんですよ」と、吉岡さんは困った表情で語った。

 

「フィリピンで綱渡りのような人生を送っています」と語る吉岡さん

 

吉岡さんに取材を始めて間もなく、頼まれたら嫌とは言えない性格であることは何となく察しがついた。学生時代に柔道をやっていたという大柄な体格には似つかわしくないが、相当、情にもろい。それが仇(あだ)となり、ジーナさんに哀願されて自分を見失ってしまったのだろうか。

 

この話を打ち明けられて以降、吉岡さんは「私の話を書くなら仮名にしてください」と言うようになった。