(※写真はイメージです/PIXTA)

性格の不一致や男女トラブル、金銭問題、暴力や精神的虐待…。離婚を検討する理由は様々でしょう。本稿では弁護士法人グレイスの茂木佑介弁護士が、夫のモラハラを理由に離婚を決意した60代女性の相談事例を解説します。

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30年間連れ添ったモラハラ夫との離婚を決意するまで

私の元に離婚相談に訪れた60代パート女性の山口さん(仮名)が、30年以上連れ添った元公務員の夫と離婚裁判が確定するまでの道のりです。

1.結婚当時、モラハラの概念はなく…「これが愛情の表し方なのだろうか」

山口さんは、今から30年ほど前に夫と結婚しました。結婚当初から夫は感情の起伏が激しく、山口さんに対して「お前みたいな馬鹿な女の相手は俺ぐらいしかいない」などといった言葉を繰り返していました。

 

もっとも、当時は「モラハラ」という言葉はもちろん存在しておらず、夫の発言や行動が今でいう「モラハラ」にあたるとは思いもしませんでした。特に山口さんは夫と結婚するまでそれほど多くの男性関係があったわけではなく、これまで交際した男性や他の男性と今の夫を比べることもできず、果たして自分の結婚生活が異常なのか否かについても判断する材料はありませんでした。実際、夫は、ひどい言葉を山口さんに投げかけた後は必ず優しくしてきたので、当時の山口さんは「これが男性の愛情の表し方なのだろう」と自分自身に言い聞かせていました。

 

今となっては、モラハラ夫がモラハラと優しさを交互に繰り返すことも有名になりましたが、当時の山口さんがそのことを知る由もありませんでした。

2.「子供が大きくなったら離婚しよう」。心の奥底で漠然と考える日々

幸い、山口さんは子供にめぐまれました。相変わらず夫の厳しい口調に耐えながらも、子育ては楽しく、何より子供の成長が嬉しいものでした。もっとも、夫はいわゆる昭和の男で、子供に対する「しつけ」も大変厳しいものでした。夫は、ことあるごとに「しつけ」と称して子供に手を上げていました。厳しい「しつけ」に耐える子供の様子を見て、何とか夫を止めたいと思いながらも、夫に対する恐怖で何もできなかったことを大変悔やんでいるとのことです。

 

それでも、子供のことや自分の経済力を考えると、直ちに離婚を考えることはできませんでした。心の奥底で、漠然と「子供が大きくなったら」と考えているうちに時間だけがどんどん過ぎていきました。

3.30年以上耐えたが…「お前なんか出て行け!」夫の決定的な一言

山口さんは、子供が独立した後もなかなか離婚の決意ができませんでした。夫も退職し、文字通り夫婦二人の毎日が何十年ぶりに始まりました。退職に伴い、時間もお金(退職金)もできた夫は、急激にコレクション趣味にのめり込んでいきました。この趣味が、山口さんの生活を脅かすほどに大きくなり、山口さんはついに夫に対して「夫の趣味が我慢できない」ことを伝えました。そうしたところ、夫は激高しながら「退職金の半分をやるからお前なんか出ていけ」と言い放ちました。

 

この一言で、山口さんの気持ちの糸がプツンと切れてしまいました。結婚してから、30年以上も夫のモラハラに耐え、子供が生まれても子供が独立しても何とか自分を納得させながら結婚生活を続けていましたが、山口さんの気持ちはすでにボロボロでした。

 

山口さんは夫に言われるがままに自宅を出て、離婚を希望して弁護士に依頼することにしました。すでに30歳を過ぎた子供達も、山口さんの離婚を強く後押ししてくれたのも大きなきっかけになったようです。

妻は「話し合いによる円満な離婚」を望んだが…

4.モラハラ夫、「妻の好きなところ」を列挙して離婚を断固拒否

山口さんは、夫に対して代理人弁護士である私を通じて離婚協議の申し入れをしました。色々あったけれども、30年以上連れ添った夫でしたので、いきなり離婚調停や離婚裁判をするのではなく、できれば話し合いの中で円満に離婚ができればと期待していたためです。

 

しかし、山口さんの期待はすぐに打ち砕かれてしまいます。夫は色々な理由をつけて回答を避け、協議のスタートを先延ばしにしました。このままでは埒が明かないと思い、私と相談したうえ、離婚調停を申し立てることにしました。

 

離婚調停は正式には夫婦関係調整(離婚)調停といい、家庭裁判所で実施されることになります。いわゆる裁判と異なり、裁判官が一方的に結論を出すのではなく、あくまで男女2名の調停委員が双方の話を聞き、お互いに譲り合える場所を探りながら双方が同意できる内容を目指していきます。そのため、養育費や慰謝料等の金銭的な部分であれば極論1円単位での調整ができる一方で、離婚するかしないかや、親権をどちらが取得するかといった問題は、細かい調整ができず、話し合いが行き詰まることも少なくありません。

 

山口さんのケースでは、離婚調停の中であらためて夫が離婚したくないと宣言し、山口さんとの婚姻関係の修復を申し出たため、話し合いがそれ以上は前に進まなくなってしまいました。

 

往々にして、モラハラ夫自体は妻に対して強い愛情を持っていることが少なくありません。実際、夫自身は夫婦関係に問題があったこと、妻が離婚を考えていることにまったく気付いていないケースを多数見かけます。

 

山口さんの夫も離婚調停の中で、離婚したくない理由として、あらためて妻に愛情が残っていると主張し「妻(山口さん)の好きなところ」をたくさん挙げて復縁を迫りました。しかし、30年以上にわたって離婚を決意するに至った山口さんの気持ちが変わることはありませんでした。

 

その結果、離婚調停は不成立となり、離婚ができるかどうかは裁判に委ねられることとなりました。

通常、「モラハラを理由とする離婚」は容易ではない

5.モラハラ離婚訴訟の結果はいかに?

モラハラを理由とする離婚の裁判は簡単ではありません。通常、裁判で離婚が認められるためには、不倫等の法律上の離婚原因が必要となります(民法第770条第1項各号)。いわゆる「モラハラ」は明確な法律上の離婚原因にはあたらず「その他婚姻を継続し難い重大な事由」(同条第1項5号)に該当するか否かがポイントとなります。

 

そのうえで、「モラハラ」自体が「セクハラ」や「パワハラ」同様、とても抽象的な用語です。裁判で離婚が認められるためには、「モラハラ」の具体的な内容を特定し、かつ、証拠に基づいて証明する必要があります。しかし、長年の婚姻関係の中で繰り返し行われた暴言や人格非難等のモラハラの一つ一つを特定することは困難ですし、それらを証明する証拠(録音、録画、メールのやりとり等)ほとんど残っていないのが通常です。

 

そのような場合、離婚するための方法としては、一定の別居期間を経るとともに(一般的に別居期間が3年程度に達してくると判決で離婚が認められやすい傾向にあります)、具体的なモラハラの内容についてはいわゆる証人尋問の中で証言していくしかありません。

 

山口さんの場合も、具体的なモラハラの証拠まではありませんでした。もっとも、すでに独立していた山口さんの子供が大きな力となりました。これまで子供が見てきた父親の姿、父親が母親にしてきた対応や暴言の数々について、陳述書という形で内容をまとめてくれたのです。

 

最終的に、証人尋問の中で、山口さんは夫から言われた暴言の数々について証言しました。通常、これだけで裁判所が山口さんの証言の信用性を認めることはありません。もっとも、山口さんのケースでは、夫の証人尋問の中で、私からモラハラの内容について事細かく質問しました。その中で、少なくとも夫が婚姻中に複数回山口さんに対して大声で怒鳴ったことがあることや、最終的に夫から山口さんに対して「(自宅から)出て行け」と言ったことが認められました。

 

以上の経緯を踏まえ、判決時点で別居期間は2年半と必ずしも長期にわたっていると評価できるものではありませんでしたが、離婚を認める旨の判決が下されました。その後、夫は1審(家庭裁判所)の判決に異議を唱え、控訴しましたが、2審(高等裁判所)でも結論は変わらず、判決が確定し、ようやく離婚が成立することになりました。

離婚確定後、「妻に支払うべき金額」に唖然の要求

6.モラハラ夫は往生際が悪い?

山口さんの夫は公務員でした。すでに退職していたため、退職金も支給されており、預貯金と住宅ローンが完済された自宅が財産分与の対象となる財産でした。すでに山口さんは自宅を出ており、他方で夫は自宅に住み続けることを希望しました。その結果、判決でも、夫が自宅を取得する代わりに、夫が妻に対し、差額分の現金を支払う形の結論となりました。

 

判決確定後、私はただちに夫の代理人弁護士に対し、判決で認められた金額を支払うよう求めました。判決が確定している以上、通常はこのような求めに対して速やかに支払いがされるのですが、山口さんの夫の場合は違いました。

 

判決で認められた金額の端数に当たる金額を「まけてほしい」というのです。すでに、調停や裁判を通じて何度も話し合いで解決するチャンスがあった中で、夫が承諾せず、やむを得ず判決に至ったという経緯がありました。それにもかかわらず、判決が確定した段階になって夫は「まけてほしい」というのです。

 

すでに判決が確定している以上、その気になれば夫の預貯金や自宅を差押えすることは可能です。しかし、山口さんは私からその報告を受けたとき、あまりにも往生際の悪い対応に呆れてしまい、それ以上、夫に対して差押え等の手続等をしたいという気持ちはなくなってしまいました。

 

何より、30年以上にわたって苦しめられたモラハラ夫の最後の対応に呆れてしまい、ただただ早く関係を断ち切りたいと思われたようです。

7.最後に

モラハラ夫との離婚は簡単ではありません。そもそも自分がモラハラを受けていることに気付いていないという場合が多く、仮にモラハラを受けていると気付いても夫が怖く、助けを求められないというケースが多いためです。

 

もっとも、法律上、離婚を希望する限り、いつかは必ず離婚が認められます。今、ご自身がモラハラを受けて苦しんでいる方も、諦めず、勇気を持って弁護士に相談される等の一歩を踏み出してください。

 

 

茂木 佑介

弁護士法人グレイス 家事部 部長

弁護士(鹿児島県弁護士会)

 

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