「アジアでは考えられない」状況から、不思議な雲の道へ
たしかに荒野のオアシスだった。30年前も世話になった。イヌビクからの帰り道だった。夜の10時頃にこの宿に着いた。しかし満室。なんとか頼み込み、ロビーの床に寝かせてもらった。戸の開け閉めの間に蚊が入り、羽音になかなか寝つけなかった記憶があるが、このホテルに断わられたら、僕らは車のなかで寝るしかなかった。やはりオアシスだった。
しかし30年がたったいまも、ドーソン・シティとイヌビクの間には、この宿しかないというのはどういうことだろうか。ドーソン・シティの廃屋はホテルになったというのに。イヌビクまでの状況はなにひとつ変わっていなかった。それだけ訪ねる人が少ないということなのかもしれないが、途中にもう1軒ぐらいあっても……と思うのだ。
ふり返ってみれば、ドーソン・シティとこのイーグルプレインズの間に、宿どころか、売店ひとつなかった。アジアでは考えられないことだった。欲がないのか、自然保護が目的なのか。776キロの道の途中にある宿は1軒……これがカナダということなのだろうか。
コーヒーを飲みながら、蚊がいないことに気づいた。30年前、僕らは昼間も蚊に攻められていた。しかし今回は1回も刺されていない。9月になると、蚊も姿を消してしまうのかもしれなかった。いや、いちばん多かったのは、この先に広がるツンドラ地帯である。そこで蚊は、手ぐすね引いて待っている気もした。
先を急いだ。今日、泊まる予定のイヌビクまではまだ360キロ近くある。イーグルプレインズを出発して40分ほど走ったところで、北極圏に入った。北緯66度33分。ようやくここまできた。再び霧が出はじめた。
しかしイーグルプレインズ手前の霧とは質が違った。霧のなかを走っていたかと思うとくっきりと前方の道が見えるようになる。そしてしばらくするとまた霧のなか……それが定期的に繰り返されるのだ。
デンプスター・ハイウェーは、犬ゾリのルートをなぞっていた。多いときは11の犬ゾリチームがあり、ドーソン・シティとピール川の脇にあるフォート・マクファーソンの間、約590キロを結んでいたという。犬ゾリが現代のトラック代わりだったのだ。そのためだろうか。デンプスター・ハイウェーはこんもりとした山の頂を渡っていくようにつくられていた。鞍部(あんぶ)を走っているときは道がしっかりと見え、頂になると霧のなかになる……。
理由は霧というか雲だった。地上30メートルほどのところに、白い塊が帯状に浮いているのだ。不思議な雲だった。北極圏では、こんなところに雲ができるのだろうか。
車が山の頂を走るときはその雲のなかに入り、白の世界になる。しかしその先、山からくだると雲の下に出、視界が開けていく。普通、雲は風に流され、動いていく。しかし北極圏の雲はその低い位置に留まっていた。
北に向かっていく道は、山に登っていくような感覚だった。標高はあがらないが、しだいに高山気候にわけ入っていくような気分になる。しかし日本の山で、地上30メートルのところで止まってしまう雲は見たことがない。