うっとりするような湖、湖畔で食べる昼食…。しかし「12万円の旅」というのは…
ホワイトホースを抜けると圧倒的な紅葉の道がはじまった。9月のこのあたりは、秋本番といったところだろうか。道の両側に広がるシラカバに似た木々の林が一斉に色づいていた。黄に染まった葉が、明るい日射しに輝いていた。
1時間ほど走ると、フォックスレイクという案内が出てきた。30年前の記憶にこの湖の名前があった。ホワイトホースを出発し、湖畔で昼食をとった。うっとりするような湖だった。湖や周囲の森に人の手が入った痕跡はなにひとつなかった。湖は底の小石までしっかりと見えた。
キャンプサイトも控えめだが、必要なものはすべてそろっていた。清潔なトイレ。直径が30センチはある立派な薪(まき)が用意され、キャンパーは無料で焚木にすることができた。
その湖畔で食べる昼食……。アウトドア派は憧れるのかもしれないが、そこに12万円の旅がぬっと顔をのぞかせる。
30年前、僕らが食べたのは、アメリカのスーパーで買った安い食パンにプロセスチーズやサラミを挟んだサンドイッチだ。温かいコーヒーがあるわけでもなかった。物価が高い欧米では、店で食事ができない――これが『12万円で世界を歩く』旅だった。
30年前は、ロサンゼルスからグレイハウンドのバスに乗っているわけだから、いつももち歩く免税店のビニール袋には、食パンやチーズやサラミ、空腹を紛らすクッキーやあめなど安い食材がいつも入っていた。フォックスレイクで食べたのも、3日前に買った乾きかけた食パンだった。
――豊かな自然と貧しい昼食。
これは『週刊朝日』に載ったフォックスレイクの写真説明だった。
30年がたち、僕は60歳を超えたが、やっていることはまったく同じだった。しかし今回は、ハッシュドポテト2枚攻撃を受け、胸焼けと胃もたれの最中だったが。
キャンプサイトには二台のキャンピングカーが停まっていた。1台は大きな犬を連れた老夫婦だった。僕らは北極海に到達し、その帰り道でもフォックスレイクに寄った。貧しい昼食をとるためだった。5日後のことだったが、キャンピングカーやその前に置かれたテーブルや椅子は1センチも動いていなかった。
クロンダイク・ハイウェーを北上していった。この道はユーコン川に絡むようにつくられていた。クロンダイク川は、今日の目的地のドーソン・シティ近くを流れるユーコン川の支流である。なぜこの支流の名前がハイウェー名になったのかを、その日の夕方に知らされることになる。
フォックスレイクから3時間ほど走った頃だろうか。ハンドルを握る阿部カメラマンが首を傾げていた。
「なんだかガソリンの減り方が速いんですよ」