飛行機代、宿代、食事代…旅にかかる費用すべてを含めて「12万円」で世界を歩く。下川裕治氏の著書『12万円で世界を歩くリターンズ タイ・北極圏・長江・サハリン編』(朝日新聞出版)では、その仰天企画の全貌が明かされている。本連載で紹介するのは北極圏編。30年ぶり2度目の大自然にはなにが待ち受けているのか!?
「予算12万円で北極圏へ」日本ではあり得ない…橋を架けない川の秘密 (※写真はイメージです/PIXTA)

「気温4度」カナダのドーソン・シティ…霧のなかを北極圏へ

朝6時に起きた。まだ暗い。気温4度。ホワイトホースよりさらに寒い。ホテルのフロントにコーヒーが用意してあるといわれたが、まだ誰もいなかった。しかたなく、なにも食べずに出発した。

 

クロンダイク・ハイウェーを40キロほど戻ると、デンプスター・ハイウェーの分岐に出る。そこから未舗装路がはじまる。ここからガソリンスタンドのあるイーグルプレインズまで約370キロ。

 

ガソリンタンクは満タンにして走りはじめたが、なんとかガソリンが底をつかずに辿り着いてほしい。道の状態と車に頼るしかない。

 

未舗装だが、道は思った以上に平坦だった。途中のキャンプサイトで朝食をとった。前日の夜、ドーソン・シティのスーパーで買ったパンにチーズを挟むいつもの食事だったが、気温が低く、キャンプサイトのベンチに座ることもできなかった。

 

やがて分水嶺を越えた。太平洋に注ぐユーコン川水系と北極海に向けて北に流れていくマッケンジー水系の境だった。それは唐突な変化だった。それまで晴れ間もしばしば現れた空が白く変わっていった。全体が白濁していく感じだった。

 

おそらく霧だった。北極海から吹き込む冷たい風が、分水嶺に向かって上昇し、霧を生んでいるのかもしれなかった。北極圏に近づいていることを、霧が教えてくれるのだろうか。

 

濃い霧だった。走っていると、10メートル先に、大きなトラックがぬっと現れたりする。視界のないなかを車は粘り強く進んでいく。途中、ビューポイントを示すカメラのイラストが描かれた看板があった。休憩を兼ねて車を降りてみた。ピール川の流れが眼下にあるようだが、なにひとつ見えなかった。

 

イーグルプレインズのホテルに着いたのは午後の1時だった。ドーソン・シティと北極海に近いイヌビクの間は776キロほどある。その間にある唯一の宿泊施設だった。

 

途中から霧も薄くなり、たまに日も差しはじめた。その光を反射する建物が見えてきたときは、きつい山道に汗を絞り、やっと山小屋を目にしたときのような心境だった。3時間近く、視界のない霧のなかを進んできたのだ。

 

残り少なくなっていたガソリンタンクを満タンにし、ホテルのカフェで、2カナダドル、約194円のコーヒーでひと息ついた。淹れてから時間がたち、風味も薄れかけていたが、温かいだけでありがたい。入口の看板には、「an oasis in the wilderness」と書かれていた。