超高齢社会に突入した日本で、生活保護レベルの収入で暮らす「下流老人」の数は増加の一途をたどっています。社会福祉が充実している日本で、「下流老人」が増えているのはなぜか。その大きな原因は「高額な医療費」にあると森亮太氏は説明します。本記事では、同氏著『長寿大国日本と「下流老人」』より一部を抜粋し、多くの高齢者が貧困にあえぐようになる原因を解説します。

なんの気なしの定期検診で「病人」にされてから…

○Bさんの場合

【プロフィール】67歳男性。高校卒業後、地方のメーカーに入社してルート営業などを担当。60歳で定年退職し、現在は特に仕事はしていない。

【家族構成】65歳で専業主婦の妻、37歳の一人息子と3人暮らし。

【経済状況】会社員時代の年収は500万円余り。退職時には2000万円ほどの預金があったが、現在は500万円程度に目減りした。現在の収入は、月約12万円もらえるBさんの厚生年金と、月4万円余りもらえる妻の国民年金。

 

Bさんが私のクリニックを初めて訪れたのは、1年ほど前のことでした。外見は、小柄でやや小太り。診察を受けているときや会計をしているときはとても静かで、声を荒らげることなど一切なさそうな穏やかな雰囲気です。また、私が病状について説明するたびに「はい!はい!」とうなずくなど、いかにも真面目で実直そうなお人柄の方です。

 

Bさんの持病は、糖尿病と脂質代謝異常です。ただし、どちらも深刻な症状ではありません。血糖値(HbA1c)は6%をわずかに上回る程度で、糖尿病と診断されるギリギリのラインです。脂質代謝異常も、血圧と中性脂肪の値がやや高いだけで、すぐに健康に危険が及ぶ可能性は低い状況です。もちろん、足の痛みや立ちくらみ、視力低下といった、糖尿病に特有の初期症状は出ておらず、本人も調子が悪いというような自覚もありませんでした。

 

最初に診察をしたとき、私はBさんに現在服用している薬は何か尋ねました。すると、全部で6種類の薬が処方されていたのです。その内訳は、血圧を下げる薬が3種類、コレステロールを下げる薬が1種類、糖尿病の薬が1種類、胃酸を抑える薬が1種類でした。以前のかかりつけ病院には2か月に1度のペースで通院し、毎回、2万5000円程度の診察代・薬代を支払っていたそうです。

 

Bさんが初めて糖尿病・脂質代謝異常だと診断されたのは、54歳の時に受けた会社の健康診断でした。当時は「ちょっとお腹が出てきたかなあ」と感じていた以外は、何の自覚症状もありませんでした。ところが、検診で再検査となり、糖尿病・脂質代謝異常という病名がつけられてしまいました。Bさんは穏やかで生真面目な人です。医師の治療をしないと悪化して、命を脅かすようになるという言葉に不安を感じ、医師の指示に素直に従い、通院するようになったのです。

 

当初Bさんは、血圧を下げる薬と糖尿病の薬を、1種類ずつ処方されていました。当時、1回当たりの診察代・医薬品代は1万円弱だったそうです。ところが、血圧はなかなか下がらなかったため、血圧を下げる薬が徐々に増えていきました。それと同時に、体調も優れなくなっていきます。毎日数種類の薬を飲むようになってからは、胃がもたれるようになり食欲も減退、当然体力も落ちたため、胃酸を抑える薬も処方されるようになりました。それで、毎回の診察代・医薬品代が増えていったのです。

キッカケは、息子のうつ病発症だった

Bさんには、今年で37歳になる息子さんがいます。学生時代は優秀で、大学卒業後は大手企業に入社し、前途洋々だと期待されていたそうです。ところが、勤務先で人間関係に悩み、わずか半年で退職してしまいます。その後はアルバイトや派遣社員として働いていましたが、息子さんの収入は常に不安定でした。

 

その息子さんは、27歳のときにうつ病を発症しました。時折やっていたアルバイトは続けられなくなり、完全に家に引きこもって暮らすようになりました。そして、ネットで趣味の買い物をするため、Bさんにお小遣いをせびるようになったのです。

 

Bさんと奥さんは、「気晴らしをして、うつ病が好転するなら……」と考え、希望通りのお小遣いを手渡していました。その結果、Bさんの退職時には2000万円ほどあった預金は、どんどん目減りしていったのです。

 

状況が深刻になったのは、息子さんがうつ病になって2年近くなった頃です。息子さんがBさんたちに無断で、クレジットカードを使って高額商品を買っていたことが分かりました。クレジットカードは、息子さんが会社員時代に作っていたもので、限度額は200万円。息子さんは、限度額いっぱいまで買い物をしたのですが、預金口座には残高がほとんどなくて引き落としができず、それで高額商品の購入が明らかになったのです。

 

Bさんは慌てて、息子さんのクレジットカードの支払いを肩代わりしました。さすがに息子さんは反省し、買った商品をオークションサイトで売ったのですが、得られた代金は微々たるものでした。

 

この一件で、Bさんの預金残高はさらに減りました。それまで家族3人で住んでいた賃貸マンションの家賃は約8万円。一方、Bさんと奥さんの収入を合わせても16万円にしかならず、このままでは息子さんを含めて3人の暮らしがまかなえないと判断し、家賃の低いアパートに引っ越しました。そして、近所にあった私のクリニックに通院するようになったのです。

薬を飲めばずっと健康…「病院依存症」になってない?

既にお伝えした通り、Bさんが希望する薬をすべて処方すると、2か月で2万5000円程度の費用が必要になります。1か月に換算すれば、約1万2500円。現在のBさんにとって、これは決して軽くない負担のはずです。

 

また、薬の副作用も心配です。実は「メリットだけでデメリットのない薬」など、この世のなかには存在しません。どの薬も、多少の副作用があるものです。多くの薬は、効果の方が副作用より大きいために使われているのですが、それでも薬の量が多すぎると、有害な副作用を引き起こす危険性が大きくなります。

 

例えば、Bさんは「ラシックス」という血圧を下げる薬を飲んでいます。これは、身体のなかにある余分なナトリウム・カリウムを排出する効果があり、血圧を下げたり身体のむくみをとったりするのに役立ちます。

 

一方、この薬には利尿作用があるため、脱水症状を引き起こしやすくなるのが難点です。また、水をたくさん飲みたくなるため、お腹がいっぱいになりますし、ただでさえ、大量の薬を飲めば、それだけで満腹になってしまいます。食欲が落ちてしまうデメリットもあります。その結果、栄養が取れなくなり、体力が落ちる原因となるのです。

 

また、Bさんはコレステロール値を下げる薬「リピトール」も服用しています。コレステロール値が高いと血液がドロドロになり、血栓ができやすくなります。そこで血栓を溶かす作用のあるリピトールを飲んでいたのですが、この薬には、筋肉の一種である「横紋筋」を溶かし、腎不全などを引き起こす副作用があります。

 

このようなことから私は、Bさんには6種類もの薬は必要ないと考えました。糖尿病も脂質代謝異常も病状は軽く、食事に気をつけて定期的に運動するようにすれば、薬を飲まなくとも十分に回復が望める状況だったのです。また、Bさんの場合、糖尿病や脂質代謝異常を避けるメリットより、薬の副作用や、薬代の負担の方がはるかに重いと私は判断しました。そこで、血圧を下げる薬を1種類、糖尿病の薬1種類だけに絞り、後は服用をやめてはどうかとBさんに提案したのです。

 

ところがBさんは、薬を減らすことを拒否しました。あくまで物静かないい方ですが、きっぱりと「今まで通りの薬を出して下さい」と私に伝えました。高齢者によくみられるのですが、Bさんは「病院依存症」にかかっているといえるでしょう。定期的に通院し6種類の薬を飲んでいれば、ともかく健康は保てると信じていて、それをやめることが不安なのです。だから、多くの薬を飲むと副作用の危険性があることや、今の病状をみれば6種類の薬を飲む必要はないという説明を受けても、頑として受け入れることができませんでした。

 

もし13年前に健康診断を受けていなかったら、Bさんはどうなっていたでしょうか? 恐らく、糖尿病や脂質代謝異常の心配などせず、それまでと同じ暮らしをしていたのではないかと想像します。そして、ムダな薬など飲まず、月に1万円以上の医療費を使うこともなく、暮らしていたのではないかと思うのです。もちろん、検診を受けなければ、がんなどの病気を見逃してしまうリスクもあったでしょう。どちらがBさんにとって良かったのか、私には正直いって分かりません。私はBさんが訪れるたびに、薬を減らす提案をしています。しかし今のところ、Bさんが受け入れてくれる気配はありません。そして薬を減らすことに不安を感じる患者に対しては、私としては以前と同じ薬を出すしかないのです。

 

 

森 亮太

医療法人 八事の森理事長

NPO法人ささしまサポートセンター理事長

 

長寿大国日本と「下流老人」

長寿大国日本と「下流老人」

森 亮太

幻冬舎メディアコンサルティング

日本が超高齢社会に突入し、社会保障費の急膨張が問題になっている昨今、高齢者の中で医療を受けられない「医療難民」、貧窮する「下流老人」が増え続けていることがテレビや新聞、週刊誌などのメディアでしばしば取り上げられ…

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