「相続トラブル」は、もはや富裕層だけの問題ではなくなりました。お金が関わった瞬間に豹変する家族を知り、絶望に暮れる例が相次いでいます。そこで本記事では、遺産相続の法律問題を中心に取り扱うCST法律事務所代表・細越善斉弁護士が、相続トラブルの事例を紹介し、具体的な解決策を提案します。

生命保険金は遺産の範囲に含まれないとされているが…

【相談事例】

夫の相続です。遺言はありません。相続人は、妻である私と長女・長男の3人で、遺産は預貯金3000万円と自宅不動産(1000万円)です。そのほかに、夫が掛けていた生命保険があり、私が保険金受取人に指定されていたので、死亡保険金として1000万円を受け取りました。

 

遺産分割の内容としては、私が遺産をすべて取得し、子供2人には、現金で1000万円ずつ渡したいと考えています。法定相続分に従って現金を渡すので、長女・長男とも私の提案に応じてくれるものと思い遺産分割協議書への署名捺印をお願いしたのですが、長男からは、死亡保険金についてもちゃんと分けて欲しいと言われてしまい、結局、協議書に署名捺印をしてもらえませんでした。

 

親子間でお金のことで揉めたくないのでいくらか払ってしまおうかと思っていますが、そもそも、死亡保険金もやはり法定相続分に従って分配しないといけないのでしょうか?

 

「親子間でお金のことで揉めたくないので…」
「親子間でお金のことで揉めたくないので…」

 

生命保険金は、夫の財産から支払われた掛け金が形を変えたものであるため、受取人ではない相続人からすると、実質的には夫の遺産である、と主張したい気持ちもわからないではありません。

 

しかし、判例上、生命保険金は、保険契約の効果として、指定された保険金受取人がその固有の権利として直接取得するものなので、遺産の範囲には含まれない、と解されています。そして、この解釈はほぼ確立したものとなっています。

 

生命保険金が遺産に含まれないとしても、妻と長女・長男との間には、経済的な観点からは不公平が生じることになります。そこで、長男からは、生命保険金が妻の特別受益にあたるとして、遺産に持ち戻したうえで取得財産を算定して欲しい、との要求があるかもしれません。

 

この点について、判例は、相続人の一人が取得した生命保険金は原則として特別受益にあたらないが、共同相続人間において著しい不公平が生じる場合には、事案に応じて民法903条の類推適用により持ち戻しを認める、と判示しています。

 

【判例】

『上記の養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないと解するのが相当である。もっとも、上記死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は、被相続人が生前保険者に支払ったものであり、保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどにかんがみると、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。上記特段の事情の有無については、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。』(最決平成16年10月29日)

スムーズに協議書への署名捺印を得るためには?

不公平の程度が著しいかどうかを判断する要素としては、判例上、保険金の額や、保険金の額が遺産の総額に占める割合、被相続人と保険金受取人との同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなど、保険金受取人である相続人と被相続人との関係、保険金受取人でない他の相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情が挙げられています。

 

例えば、死亡保険金は3000万円であるが、生命保険の掛け金が高額だったため遺産は100万円しか残っていない、というような極端なケースでは、死亡保険金を受け取る相続人と他の相続人との不公平の程度が著しいものとして、持ち戻しが認められる可能性が十分にあります。

 

 

 

以上のように、生命保険金は遺産には含まれず、原則として特別受益にもあたりません。また、事例のケースでは、妻が生命保険金を受け取ることで、長男・長女との間に著しい不公平が生じることもないと思われます。そうすると、生命保険金は遺産分割協議の対象ではないため、長男の要求に応じる必要はない、ということになります。

 

もっとも、長男にはその法律的な帰結を説明しつつも、スムーズに協議書への署名捺印を得るために、いわばハンコ代として現金を上乗せするという解決策を検討してみてもよいかもしれません。

 

法律的帰結を前提とした現実的解決案を検討してみてはいかがでしょうか。

 

 

細越善斉

CST法律事務所代表

弁護士

本連載は、CST法律事務所「相続ONLINE」の記事より転載・再編集したものです。
※掲載された内容はすべて架空の事例です。

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