「相続トラブル」は、もはや富裕層だけの問題ではなくなりました。お金が関わった瞬間に豹変する家族を知り、絶望に暮れる例が相次いでいます。そこで本記事では、遺産相続の法律問題を中心に取り扱うCST法律事務所代表・細越善斉弁護士が、相続トラブルの事例を紹介し、具体的な解決策を提案します。

これまで「妻の居住権」は保障されていなかった

【相談事例】

父の相続です。遺言はありません。相続人は、母と兄(長男)と私(次男)の3人です。遺産は、生前に父と母が住んでいた実家の戸建て(時価2000万円)と預金2000万円です。

 

母は、父が亡くなったあとも実家に住んでいますが、「1人では実家に住みたくない。預金を相続してそのお金で施設に入りたい」といっています。一方兄は、「長男として実家を相続したい。母には預金を渡すことで構わないので、母には早く実家を明け渡してほしい」と母の退去を急かしています。

 

私は、これまで両親が住んでいた実家なので、せめて遺産分割協議が成立し、母が施設に移るまでの間は、母には引き続き実家に住んでほしいと思っています。母は早急に家を出なくてはいけないのでしょうか?

 

夫が所有する建物に妻が同居している場合、法律的には、「妻は夫の占有補助者として居住建物を使用している」と考えられることが多いです。このようなケースでは、夫が死亡することによって、妻は占有補助者としての地位を失うことになります。結果、居住建物を使用できなくなってしまうのです。

 

もっとも、相続の発生により、ただちに居住建物から出ていかなければならないのは、夫と同居していた妻にとってあまりにも酷といえます。そこで、判例は、以下のとおり判示し、夫と同居していた妻にも、特段の事情がない限り、遺産分割が終了するまでの間は、使用貸借を根拠に居住権を認めてきました。

 

【判例】

『共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認される』(最判平成8年12月26日)

 

しかし、上記の判例理論は、被相続人の意思を合理的に解釈した結果です。もし、被相続人が「私が死んだら妻は自宅からすぐに出ていくように」との意思を生前に表示していた場合、または、遺言で居住建物を第三者に遺贈してしまった場合など、判例がいう「特段の事情」があるような場合には、相続開始後の使用貸借契約の成立が推認されず、やはり妻の居住権は保護されていませんでした。

 

母は「一人では実家に住みたくない」というが…
母は「1人では実家に住みたくない」というが…

「配偶者短期居住権」の適用を受けるための要件

そこで、改正相続法では、上記判例の「特段の事情」があるような場合も含めて、被相続人の意思にかかわらず、相続発生後の一定期間に限っては配偶者の短期的な居住権を法的に保護すべく、「配偶者短期居住権」が創設されました。

 

なお、施行期日は令和2年(2020年)4月1日とされています。

 

<配偶者短期居住権の内容>

【適用要件】

配偶者短期居住権の適用を受けるためには、以下の要件を満たす必要があります(1037条1項)。

 

① 被相続人の配偶者であること
※「配偶者」には、内縁の配偶者は含まず、また、相続欠格事由が存在する場合や廃除された配偶者は除きますが、相続放棄した配偶者は含みます。つまり、相続放棄をした配偶者も、配偶者短期居住権を取得します。

 

② 被相続人が所有する建物に相続開始時に無償で居住していたこと

 

【効果及び存続期間】

相続開始から以下の各期間まで、居住建物を無償で使用する権限を取得します。そして、存続期間が短期間に限定されるのが通常であるため、登記などの対抗要件制度は設けられていません。

 

ア.居住建物について配偶者を含む共同相続人間で遺産の分割をすべき場合

① 遺産分割により居住建物の帰属が確定した日、又は②相続開始の時から6か月を経過する日のいずれか遅い日(1037条1項1号)
→ つまり、基本的には遺産分割が成立する日までであり、相続開始時から6か月以内に遺産分割が終了した場合でも、少なくとも6ヵ月間は居住権が認められる、ということになります。

 

イ.上記ア以外の場合(配偶者以外の者に遺贈や「相続させる」旨の遺言がされた場合、配偶者が相続放棄をした場合など)
居住建物の取得者が、配偶者短期居住権の消滅申入れの日から6ヵ月経過する日(1037条1項2号、同条3項)

 

【居住建物所有者との法律関係】

配偶者短期居住権を有する配偶者は、用法遵守義務や善管注意義務を負い(1038条1項)、通常の必要費を負担します(1041条、1034条1項)。また、配偶者短期居住権は譲渡することができません。

 

一方で、居住建物所有者は、配偶者による居住建物の使用を妨げてはならない義務を負います(1037条2項)。

 

 

 

以上のとおり、相続法改正により、令和元年(2020年)4月1日以降に発生した相続に関しては、相続開始の時から6ヵ月間、もしくは遺産分割が終了するまでの間、被相続人と同居していた配偶者には、配偶者短期居住権が認められることになります。

 

事例のケースでは、少なくとも遺産分割協議が成立するまでは、母は実家に居住し続ける権利を有しますので、実家を相続する意向がない場合であっても、実家を早期に明け渡す必要はありません。長男には配偶者短期居住権という権利があることをしっかりと理解してもらいましょう。

 

 

細越善斉

CST法律事務所代表

弁護士

本連載は、CST法律事務所「相続ONLINE」の記事より転載・再編集したものです。
※掲載された内容はすべて架空の事例です。

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