相続が発生してからの「相続税対策」は打つ手が限られますので、事前の対策が重要です。相続税専門の税理士法人チェスター監修の本連載では、具体的な相続税対策について分かりやすく解説していきます。今回は、相続財産を横領された場合の対処方法を見ていきます。

まずは「事実関係」の確認から

相続をめぐるトラブルにはさまざまなものがありますが、「相続人のうちの誰かが被相続人の預金を無断で引き出していた」というケースも多くみられます。

 

このような場合、引き出されたお金を取り戻すことはできるのでしょうか。また、預金を引き出した人の責任を追及して罪に問うことはできるのでしょうか。本記事では、相続人のうちの誰かが被相続人の預金を無断で引き出したなどの、「相続財産を横領された場合の対処方法」についてお伝えします。

 

<事実関係を確かめる>

誰かが被相続人の預金を無断で引き出した疑いがあったとしても、預金を引き出した人を犯人扱いして問い詰めては話がまとまらなくなってしまいます。まずは、事実関係を確認することが大切です。

 

事実関係を確認するためには、預金を引き出した人に事情を聞くほか、通帳などで預金の取引履歴も確認します。

 

悪意をもって預金を横領している場合、預金を引き出した人は通帳を隠そうとします。このようなときは、銀行に預金口座の取引履歴の開示請求をすることができます。手続きは銀行によって異なりますが、相続人のうちの1人が請求したのであれば問題なく開示してもらえます。

 

預金の無断引出しのような相続財産の横領は、被相続人の生前に行われる場合と、相続発生後(被相続人の死後)に行われる場合があり、背景にはさまざまな事情があります。

 

<被相続人の生前、預金が引き出されていた場合>

被相続人の生前から預金が引き出されていたケースでは、次のような事情が考えられます。

 

・被相続人から預金の引出しを頼まれていた

・被相続人から贈与された

・実は被相続人が預金を引き出していた

・被相続人の財産を横領していた

 

これらのケースごとの対処方法をお伝えします。

 

【被相続人から預金の引出しを頼まれていた】

預金を無断で引き出す人は、被相続人と同居していた親族であることが多いのですが、被相続人の療養看護のために必要なお金を引き出していた場合もあります。

 

被相続人から預金の引出しを頼まれていたのであれば、委任契約があったかどうかを確認します。ただ、家族の預金の引出しに委任契約を結んだり委任状を書いたりすることはあまりないため、あわせて預金の使い道も確認します。被相続人の生活費や療養費に比べて引き出した金額が多すぎると横領が疑われます。

 

【被相続人から贈与された】

被相続人から贈与されたのであれば、贈与契約書があったかどうかを確認します。生前に贈与されたことが確認できれば、贈与された預金を特別受益として相続財産に加えたうえで、相続人同士で遺産分割協議を行います。

 

贈与契約は口約束でも成立しますが、被相続人が亡くなったあとでは、口約束の契約は確認できません。贈与契約書がなければ、贈与があったかどうかの判断は難しくなります。

 

【実は被相続人が預金を引き出していた】

事実関係を確認すると、実は被相続人本人が預金を引き出していたということもあります。被相続人が自らの意思で預金を引き出していれば問題はありません。

 

【被相続人の財産を横領していた】

事実関係を確認して、預金を引き出した理由に正当性がなかった場合や、預金を引き出した人が横領を認めた場合は、弁護士に相談しましょう。横領した人を相手に民事訴訟を起こして、財産を取り戻すことになります。詳しい手続きは後述します。

 

 

相続財産の横領では「刑事責任」を問えない

被相続人が亡くなったとき、その人の遺産は相続人の共有財産になります。したがって、遺産分割が終わるまで被相続人の預金を引き出すことは認められません。なお、被相続人が死亡したことが銀行に知られると、預金口座が凍結され、その時点で預金の無断引出しはできなくなります。

 

<被相続人の死後、預金が引き出されていた場合>

被相続人の死後に預金が引き出されていたケースでは、次のような事情が考えられます。

 

・葬儀のために必要だった

・遺言で指定されていた

・被相続人を介護していたから預金をもらってもいいと思った

 

【葬儀のために必要だった】

通常、人が亡くなったときには葬儀を行います。葬儀費用は、受け取った香典でまかなうか、被相続人の遺産から負担することが一般的ですが、一時的に遺族が立て替える場合もあります。

 

遺族に葬儀費用を立て替えるだけのお金がなく、やむをえず被相続人の預金を引き出す場合は、トラブルを避けるためにも、ほかの相続人の了承を得ておくとよいでしょう。ただし、葬儀費用に対して引き出した金額が多すぎると横領が疑われます。

 

【遺言で指定されていた】

遺言があって、預金を引き出した人が預金の相続人に指定されているケースもあります。ただし、この場合でも無断で預金を引き出すことはできません。銀行に遺言書やその他必要書類を提出して、正式に名義変更の手続きをしてからでなければ、横領が疑われます。

 

【被相続人を介護していたから預金をもらってもいいと思った】

被相続人の介護をしていた人には、「生前の苦労に報いるだけの財産をもらって当然」という気持ちを持つ人もいます。気持ちはわかりますが、法的に必ずしも認められる主張ではありません。遺産分割協議の場で事情を話して、ほかの相続人に理解を求めることが正しい方法です。

 

<横領された預金は取り戻せる>

預金を引き出した理由に正当性がなく、相続人同士の話合いでも解決できない場合は、法的な手続きで預金を取り戻すことができます。

 

【弁護士に相談を】

横領された預金を取り戻すためには、まず弁護士に相談します。そのなかでも、遺産相続の相談に強い弁護士を選ぶことが重要です。具体的にどのような手続きをするかは、弁護士との話し合いで決まります。

 

【刑事責任は問えない】

相続財産の横領は窃盗と同じように刑事責任を問えるのではないかと考えがちですが、親族間の遺産横領で刑事責任を問うことはできません。相続財産を横領した人を相手に民事訴訟を起こすことが一般的です。

 

訴訟は「不当利得返還請求」または「不法行為に基づく損害賠償請求」として提起します。どちらの方法をとるかは弁護士の判断によりますが、「不法行為に基づく損害賠償請求」は時効が3年と短いため、多くの場合は「不当利得返還請求」として訴えが起こされます。ただし、民事訴訟を起こしても多くの場合は和解による解決が図られます。

 

【取り戻せる金額は法定相続分まで】

横領された預金のうち取り戻せる金額は、返還を求める人の法定相続分の範囲までです。必ずしも全額取り戻せるわけではありません。

 

【横領された預金を取り戻すために必要なもの】

訴訟を起こすには、預金が横領されていることを示す証拠が必要です。次のようなものが準備できるとよいでしょう。

 

・通帳や預金の取引履歴など横領の事実がわかるもの

・預金を引き出した人が被相続人以外であることを証明するもの

 

預金を引き出した人が被相続人であるかどうかは、預金の払出用紙の筆跡で判断することができますが、ATMから引き出した場合は判断できません。

 

そこで、被相続人が預金を引き出すことができない状態にあることを証明して、被相続人以外の人が預金を引き出したことを立証する方法もあります。被相続人が認知症であったり寝たきりであったりした場合は、医師の診断書やカルテなどが証拠になります。

 

以上、相続人のうちの誰かが預金を無断で引き出していた場合の対処方法についてお伝えしました。まず、預金が引き出された事情を確認して、横領が明らかになった場合は弁護士に相談することをおすすめします。

 

相続財産の横領では刑事責任を問うことはできず、民事訴訟で解決が図られます。訴訟に必要な証拠として、預金通帳または預金口座の取引履歴、被相続人の病状を示す診断書やカルテが準備できるとよいでしょう。

 

税理士法人チェスター

本連載は、税理士法人チェスターが運営する「税理士が教える相続税の知識」内の記事を転載・再編集したものです。

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