誰でも一度は経験するであろう相続。しかし、「争続」の言葉が表すように、相続に関連したトラブルは尽きない。なかには、生前の対策によっては避けられたであろうトラブルも多く、相続を見越した行動が求められる。本記事では、行政書士事務所に寄せられた相談事例を紹介する。

叔父から「叔母が亡くなった」との知らせが…

ご相談者は女性で、以前に遺言書作成をお手伝いしたことがある方のご家族でした。聞けば、突然遠方の叔父(亡父の弟)から、独身だった叔母(同じく亡父の妹)が亡くなって相続が発生したので、遺産相続に協力してほしいという手紙が届き、どう対応すればよいかという相談でした。

 

•被相続人:叔母(生涯独身)

•相続人:依頼者(姪の一人)、他兄弟・甥姪多数(依頼時に正確な数は不明)

•対象遺産:預貯金

 

まずは直接会ってお話を聞いてみたらいかがですかとアドバイスをしたところ、後日、その叔父から「被相続人の面倒を見ていた兄弟に全て相続させたい。終わったら若干の謝礼はするから」という話をされたとの連絡がありました。また、某〇〇信託銀行に遺産整理を頼んだので、銀行宛てに契約書及び委任状を書いてくれといわれたとのことでした。

 

信託銀行が入るのであれば、筆者の出る幕ではありません。某有名信託銀行ですから公平にやってくれるので心配いらないでしょうとお答えして、このときの相談は終わりました。この件に再度関わることになったのは、それから約1年後のことです。

 

ご相談者から再度電話があり、1年前の案件についてまた相談したいとのことでした。お会いして話を聞いてみると、その後確かに信託銀行から遺産整理業務についての契約書が届き、署名・押印とともに委任状を送付したそうです。すると、ご相談者やその兄弟のもとに「面倒を見ていた兄弟が全財産を相続する」という内容の遺産分割協議書が信託銀行から届き、ご相談者は特に不審に思わず、これに署名・押印をして印鑑証明書とともに信託銀行宛てに送付したということでした。

 

しかしその後、他の相続人から、遺産内容を見せてもらっていないのに実印は押せないという苦情が信託銀行にあり、手続きがストップしてしまったそうです。

 

「面倒を見ていた兄弟が全財産を相続する」
「面倒を見ていた兄弟が全財産を相続する」

信託銀行から届いた「1枚の遺産目録」

それから半年以上過ぎたある日、突然ご相談者のもとに信託銀行からたった1枚の遺産目録が送付されてきました。それを読むと、被相続人には6000万円以上の預貯金があったとの記載があり、ご相談者は本当に驚いたそうです。しかも遺産目録には金額が書いてあるだけで、遺産の資料は何も添付されていませんでした。

 

まず不審なのは、遺産目録と明記された1枚紙のみで、その基礎資料が全く添付されていなかったことです。そこに書かれた数字が真実かも分かりません。また数百万円ならともかく、いくら面倒を見ていたとはいえ、6000万円以上の金額をたった1人が相続するというのはさすがに不公平ではないかと思ったそうです。しかし自身がすでに遺産分割協議書に実印を押して信託銀行に送ってしまったこともあり、どうしたらよいかと筆者のところに再度相談にいらっしゃったという経緯でした。

 

実は、まずその某有名信託銀行がそんないい加減な相続業務をしているとは信じられませんでした。筆者が同様の案件を扱う場合、各相続人に信用してもらえるよう、遺産目録の他に各銀行の残高証明書等の遺産資料を全て添付して郵送するのが通常だからです。

 

ご相談者は、郵送した遺産分割協議書はなかったことにしたいという考えでした。そこで、送付した遺産分割協議書および印鑑証明書は早急に返却してもらいたいと信託銀行に連絡するべきとアドバイスしました。法的には、錯誤無効といえます。どちらにしても他の共同相続人のなかに、署名押印を済ませていない方がいらっしゃったので、遺産分割協議は終了していない状況でした。

 

そのうえで、こちらであらためて遺産調査を行うことを提案しました。ご相談者からの委任状があれば、信託銀行から提示された遺産目録が正確なものかを、筆者にて調査・確認することができます。信託銀行の業務に信用がおけないこと、遺産の基礎資料が何も付いていなかったことから、遺産の再確認が急務だと思われました。

 

ご相談者はこれを希望されたため、この時点で正式にご依頼を受任しました。その後、時間はかかりましたが、遺産目録に記載のある銀行全てに調査を行い、通帳の取引履歴も取得して、不正な引き出しがないかまで確認作業を行いました。

 

すると、信託銀行が提示した遺産目録には記載のなかった、死亡直前の不正な引出金が600万円以上確認されました。信託銀行はこのような事実の確認すら怠っていたようで、正直驚きました。そこで、これら死亡直前の引出金まで考慮して、正確な遺産目録を作成しました。

 

実はこの調査の間にも、信託銀行からは依頼者に対して「相続手続きに協力してくれれば、あとで法定相続分を支払う」とこれまでの内容を撤回した提案の手紙が届いていました。ついには、信託銀行から委託を受けた弁護士事務所から、この条件を飲んでくれなければ調停を申し立てるという半ば脅しのような手紙まで届いたそうです。

 

しかし、信託銀行の遺産目録には、死亡直前の引出金が含まれていませんでした。600万円以上の現金を死亡直前の1、2週間で使い切るとは考えられません。手許現金で残っているのだとすれば遺産目録に記載するべきです。これを考慮せずに法定相続分を計算すると、この600万円以上の現金を既に受け取っている相続人(たち)だけがかなり得をすることになります。これは不公平です。

 

筆者にて再作成した遺産目録および各銀行から集めた資料を依頼者にお見せすると、依頼者はこれをもとにできる限り公平に遺産を分配したいので、これらを全相続人に送付してこの事実を通知してほしいと希望されました。そこで、この段階から相続人の確定及び住所の確認作業を行い、判明した全相続人の法定相続分を計算のうえ、第三者として遺産目録等の資料を全相続人に送付しました。

 

すぐに、依頼者と同じくこれまでの経緯に関わっていない他の相続人の方たちから、よく調べてくれたというお礼の連絡が多数届きました。その後、依頼人は他の相続人に対して、600万円以上の死亡直前の引出金を含めた法定相続分での分配を提案されました。

信託銀行と契約解除をして、一件落着かと思いきや…

また、依頼者は信託銀行への信頼を完全に失くしていたので、依頼者の希望により、信託銀行には遺産整理業務契約の解除通知書を代書し、内容証明にて送付しました。

 

しかし、この後また問題が起こりました。

 

600万円以上を不正に引き出したと思われる、当初依頼者を訪ねてきた叔父を含む一部相続人たちは、その引出金を含めて法定相続分どおりに公平に遺産を分割したいという依頼者の提案を蹴って、何も知らない各銀行に対して、勝手に自分たちの法定相続分だけの払い戻しの手続を請求するという手段に出たのです。

 

当時は、預貯金債権は可分債権ではないという最高裁判例(最高裁平成28年12月19日)が出る前だったので、「自分の法定相続分だけ解約・払い戻ししろ」と銀行に申し入れると、銀行はこれに応じることがあったのです。

 

しかし、被相続人の財産から死亡直前に600万円以上を不正に引き出したうえで、さらに死亡後の遺産から法定相続分を取得するのでは、最終的にその者は法定相続分以上の遺産を取得することになります。これはきわめて不公平であり、またいったん払い戻しされたあとにその差額分の返還を求めるのは非常に困難です。

 

一部の相続人がこの手続きを行っていることを依頼者が知ったのは、ゆうちょ銀行からその事実を知らせる通知書が届いたからでした。このような場合、ゆうちょ銀行は後のトラブルを回避するために、他の相続人にこの事実を知っているかを必ず確認していたようです。

 

ゆうちょ銀行からの通知のことを依頼者から聞き、おそらく他の銀行に対しても法定相続分の解約を申請しているものと推測されたため、依頼者の希望で各銀行に対しても筆者の事務所で作成した遺産目録および資料を送付して、一部相続人が被相続人の死亡直前に600万円以上の現金を引き出していたこと、これを踏まえて一部相続人からの法定相続分の解約を認めると今後共同相続人間で紛争が生じるおそれがあることなどを各銀行に通知しました。

 

また依頼により、今後この遺産相続は争訟となるおそれがあるので、一部相続人の法定相続分の解約・払い戻し請求には応じないでほしいという内容証明郵便を、依頼者名で代書して各銀行に郵送いたしました。

 

これで、払い戻し前だった約半分の銀行は、事情を理解して法定相続分での解約をストップしてくれ、遺産を凍結・保全することができました。その後、さほどときをおかず、預貯金債権は可分債権であるという判断を取り消す最高裁判例が出て、一部相続人が法定相続分だけを解約・払い戻しすることは一切できなくなりました。

 

あとで各銀行の担当者に聞いた話では、問題の一部相続人はその後弁護士に依頼して自分の法定相続分を下ろせと払い戻しをストップしてくれたいくつかの銀行相手に訴訟を行ったそうですが、最高裁判例が途中で出たこともあり、結果、敗訴したそうです。

 

ここでやっと、死亡直前の不正引出金に加え、法定相続分の受け取りを目論んでいた一部の相続人も考えを改めたようです。

 

誰か(おそらく一部の相続人)が600万円以上のお金を生前に引き出していたことは事実ですし、調停などで遺産分割を争っても、この600万円は間違いなく争いになります。最高裁判例も出ていますし、遺産分割協議がまとまらない限り、遺産の解約も分配もできません。そこで、こちらの依頼者の提案を受け入れるしかないとなったのでしょう。

 

その後しばらくして、一部相続人から依頼を受けたという別の弁護士から、依頼者含む他の相続人たちに、あらためて遺産分割協議についての通知書が送付されてきました。信託銀行から委託を受けた当初からの弁護士は、敗訴を受けてこの件から外れたようでした。

 

依頼者がその弁護士にこれまでの事情を説明すると、どうやら話のわかる弁護士だったようで、依頼者が相続人代表となって直接その弁護士と協議が行われました。結果、一部相続人は直前の引出金600万円を自らが引き出したことを認め、これを含めた総額を遺産として公平に法定相続分を計算し、各相続人に分配する内容でようやく遺産分割協議がまとまりました。

 

この遺産分割協議の成立を受けて、筆者の事務所にて遺産分割協議書を作成しました。相手方の弁護士にこれを確認してもらったうえで、全相続人がご署名・押印を行い、やっと遺産分割協議書が完成しました。

 

その後、預貯金の解約代行・分配金の計算なども可能な限り代行しました。当初の相談から終了まで、3年間以上かかった相続でした。

 

本来、信託銀行がきちんと取引履歴まで確認して正確な遺産目録を作成して、各相続人に送付・内容を確認してもらってから各相続人の意見を聞き、公平に遺産分割協議を進めていれば、これほどの問題にはならなかったはずです。相続手続の進め方がまずかったとしかいえない案件でした。

 

また、当初相続人代表者として信託銀行と組んで手続きを進めていた叔父などの一部相続人も、死亡直前の多額の引出金を自分たちに不都合なものとして隠したのが問題でした。遺産総額を隠したまま一部の相続人でその全額を相続したいなどと欲を出さず、素直に600万円の引き出し金まで含めて遺産を開示したうえで、「被相続人の面倒見ていたことを考慮して、相続分を多少増やしてほしい」と誠実に他の相続人にお願いすれば、全員がこれに了解して少し多めに遺産を相続することもできたのではないかと想像します。

 

遺産を素直に見せずに隠すことは、相続人間で無用な争いを生むきっかけになります。特に相続人どうしが遠縁になればなおさらです。ただ最終的に可能な限り公平に、よけいな訴訟費用などをかけることなく円満に相続が完了できたのは幸いでした。

 

 

細野 大樹

行政書士法人TRUST 代表

行政書士・宅地建物取引士

 

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